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2017年7月23日 (日)

野田稔『実はおもしろい経営戦略の話』SB新書

低コスト化より差別化のほうが、マーケット(市場)は狭くなります。低コスト化は市場全体での競争優位性がありますが、差別化は一部(ニッチ)でのみ競争優位性が発揮されるので市場が限定的になるからです。

戦略と戦術をはっきりと分けたのは、クラウゼヴィッツ

ドラッカーは何も証明していないから

アップルが変えたのはドメイン(事業領域)なのです。

リデル=ハートは、クラウゼヴィッツより孫子に近い考えを持っていたようです。

BMWの経営戦略の象徴は、エンジン音にあります。

どうせ就職するなら、どんな小さな業界でもいいから、業界トップの会社に入ったほうがいい・・・・・特に大きな市場で万年2番手の企業は、トップの企業に負け続けている何らかの要因があるから、やめておいたほうがいい。

2017年7月21日 (金)

熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』岩波新書

哲学の起源はふつう、ギリシア本土から見て東方にあたるエーゲ海対岸のイオニアと、現在の地理的表象にそくして語るならば南イタリアに位置する、ギリシアの植民都市の双方にもとめられる。

タレスが偉大なのは、世界すべての原理はなにかという、かつてない問いを発したこと自体にある。

輪廻をめぐる思考は、オルフェウスの教えのうちにすでにふくまれている。

カントによれば、世界は有限でも無限でもないからである。

デモクリトスとエピクロスの「差異」に注目したのは、学位論文を執筆した若きマルクスであった。

ソクラテスがしたがう「神」は、なぜか単数形である。

教えることで報酬をとった最初の人間が、プロタゴラスであるむねを、プラトンが証言している。

クサンティッペが悪妻であったのは、たぶんない。ソクラテスが好色かつ酒好きな道楽者で、無能のひとだったのである。

アレクサンドロスは、もしじぶんが大王でなければ、ディオゲネスであることを望んだであろうと語ったといわれる。

2017年7月17日 (月)

呉智英・宮崎哲弥『放談の王道』時事通信社

現行少年法は子供要保護観念-パターナリズムと教育刑主義という優れて近代的な理念の上に成り立っていて、子供は未熟で大人によって保護されるべき存在であり、かつ刑罰は応報ではなく教化でなければならないという「当為」が前提となっています。

私は仏教徒としてあらゆる本質主義を否定しますから、・・・・・

サンデルやマッキンタイアのようなコミュニタリアンの人格理念によれば、人生は一巻の物語のように一貫したものだということになります。

ポパーは、科学の発展とは真理の発見の積み重ねであり、全体としては一貫した体系が連綿と続いていくと主張したわけだよね。ところがクーンは、科学の進歩といっても、その成果はそれぞれ一本の串にささったいくつもの団子のようなもので、相互のつながりは何もない、ということを言っている。

ジャーナリズムに何か原理があるとすれば、それは商業主義しかないと思っているわけ。

日本人にとっての仏教っていうのは、ほとんど荘子思想なんだってのは断言できる。

やっぱり儒教っていうのは、人類の存続を前提にしているんですよね。

キリスト教では、すべての人命は神の賜物であると考えられていて、だからこそ人口中絶にも「安楽」死にも死刑制度にも批判的なんですね。

宗教というのは放っておくと必ず、他の宗教、他の信念体系と戦いを始めますね。

朱子学だの陽明学だのっていうのはかなり、仏教からぱくってるんだよ。

兵本達吉『日本共産党の戦後秘史』新潮文庫

日本共産党は、そのコミンテルンの「日本支部」にすぎなかったということを改めてしっかりと押さえておく必要がある。

「二七年テーゼ」は、のちにスターリンに粛清されたブハーリンが作成したものである。ブハーリンが失脚すると、オットー・クーシネンによって書き直された。これが「三二年テーゼ」といわれるものであり、戦前の日本共産党の指導方針となった。

戦前の共産党は、その活動の全体を「ソ連邦の擁護」と「支那革命の支援」に費やしていたといっても過言ではない。

日本共産党はレーニンが定めたコミンテルン加入の二十一ヵ条にしたがって創立された党であって、民主集中制という軍隊的な規律をいまだに厳守している、発達した資本主義国では珍しい党である。

ソ連が崩壊すると、宮本顕治は「双手をあげて賛成」などと全く意味不明の発言をして国民の失笑をかい、不破哲三は「ソ連は社会主義ではなかった」などと主張しはじめ、その人間としての限界を超えた破廉恥さで世間を驚かせた。

共産党が支配する「プロレタリアートの独裁」の国に一かけらの民主主義も存在しないことは、今や明白である。

レーニンは、「革命の根本問題は、権力の問題である」と繰り返し書いている。

「三二年テーゼ」・・・・・その当時の日本の国家権力を、地主と資本家の支配とともに、さらにその上に君臨する絶対的天皇制であると規定し、これの革命的打倒を呼び掛けた。

「天皇制」という言葉は日本語になく、コミンテルンのつくった左翼用語であることを覚えておく必要がある。

日本共産党は、戦前は「天皇制」を、戦後は「アメリカ帝国主義」を革命の「対象」として位置づけていた。

明治憲法が制定された直後の皇室は、まったくの貧乏所帯で殆ど財産らしきものを持たなかったので、・・・・・

もともとマルクス・レーニン主義というのは、暴力革命の理論である。

敵から手に入れた武器で敵を攻撃するというのは、万国共通の共産主義者の原則なのである。

レーニンの論文には、「児戯に類する」という言葉がよく出てくる・・・・・

ロシアの有名な革命詩人マヤコフスキーの作品に、「会議をやめるための会議を開こう」という古い党員なら誰でも知っている詩がある。

レーニンは、1920年に定めた「コミンテルン加入の21カ条」の14項で、「全ての国の共産党は、不可避的に党に入り込んでくる小ブルジョワ分子を党から系統的に清掃するため、党組織の人的構成の定期的粛清をおこなわなければならない」と定めた。

我が国の最も〝偉大〟なマルクス主義知識人である石堂清倫は、・・・・・

マルクスが「発見」した「法則」を日本の歴史的現実に「あてはめた」(適用した)ものが、日本共産党綱領である。

マルクスもレーニンも、最大の暴力である戦争を否定したことは一度もない。

東欧の共産主義国の崩壊は、「情報の公開」が原因であると言われる。

マルクスもレーニンも、「理論で世界を変えることはできない」と繰り返し述べ、大衆が社会の矛盾を知るのは、決して書物や論文によってではなく、実生活から学ぶのであると語っている。

日本共産党の査問というのは、初めから結論が出ているのである。

宮本の形式主義は、人物にも及ぶ。日本共産党のトップは、東大でなければならない。

社会主義者というものは、経済とか財政というものを理解できない。とりわけ、資本主義経済のメカニズムを理解することができない。

我が国には、残念ながら、カントもヘーゲルもいなかったし・・・・・。ところが、マルクス主義を勉強すると、これらの人たちの学説が全て入っていて、哲学も、歴史学も、経済学も、社会学も皆ワンセットで学ぶことができたのである。マルクス主義は、全体として社会科学をのものとして受けとめられた。我が国の勉強の好きな大学生が、とくに革命を目指していたわけではないのにマルクス主義に引きつけられた最大の理由は、まさにここにある。

大久保潤・篠原章『沖縄の不都合な真実』新潮新書

辺野古区住民の多数派は移設容認派です。移設を地区再生のきっかけとして期待してきたのです。

沖縄には、自分たちの現状を変えたくないという、真の意味で保守的な社会集団が存在するということです。

辺野古には訓練の後に飲む店も遊ぶ場所もほとんどありません。

移設先が辺野古になった理由には、この地域は過疎化が進み、基地の誘致運動があったことがあります。

「カネを落とせば、沖縄はおさまる」。これが日本政府の沖縄政策の基本です。

沖縄の企業や行政は振興策依存で自立心が奪われ、沖縄社会は自然破壊や地域の分断といった副作用に苦しむのです。

基地がある沖縄の自治体はみな財政を基地に依存しています。

首都に米軍の飛行場があるのは世界で東京(横田)だけです。ワシントンにもありません。

「処分」という言葉には、琉球側が明治政府の度重なる「廃藩置県」の要求に応じなかったという懲罰的な意味がこめられています。

2017年7月14日 (金)

東谷暁『経済学者の栄光と敗北 ケインズからクルーグマンまで14人の物語』朝日新書

1980年前後の英国におけるサッチャー政権とアメリカにおけるレーガン政権の誕生は、ケインズ政策の死亡通知だった。サッチャー政権はフリードマンのマネタリズムを採用し、レーガン政権もマネタリズムやサプライサイド経済学と呼ばれる反ケインズ経済学を重視した。

IT革命はサプライサイド経済学の成果であり、金融工学が支えていた住宅ブームはフリードマン以降のアメリカ金融経済学の勝利に他ならなかった。

マネタリスト(経済を金融の観点から見る傾向が強い経済学者たち)

サッチャーはフリードリッヒ・ハイエクの信奉者だったが、どういうわけかミルトン・フリードマンの「マネタリズム」を政策として採用し、それが現実にそぐわないことが分かると放棄してしまった。

スタグフレーションは、景気後退とインフレーションが一緒にやってくる現象

ケインズ経済学に対する批判は、アメリカのケインズ経済学がインフレと不況の同時進行をうまく説明できなくなったことから始まった。

2017年7月10日 (月)

高橋伸夫『図解 大学4年間の経営学が10時間でざっと学べる』KADOKAWA

世界初の階層組織はモーセがつくった!?

職務満足が高い生産性をもたらすという人間関係論的仮説は、現在では科学的に否定されています。

オースベル『ユダヤ人民間伝承の宝物』

2017年7月 9日 (日)

中野剛志『真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学』講談社現代新書

一般に「イノベーション」とは、技術シーズを生み出すところから、それを事業化することまでの過程全体を指します。ベンチャー企業は「イノベーション」というよりはむしろ、イノベーションの一部である「事業化」を担っているということです。

アメリカはベンチャー企業の天国ではないのです。

シェーンが言うように、平均的な起業家の姿というものは、人の下で働きたくないとか、職を失ったとか、あるいは未来の可能性に対して楽観的であるといった動機によって、より長時間の労働で、より収入が少なくなったとしても、頑張ろうという人たちです。

日本がアメリカのようなベンチャー大国になれない最大の理由は、・・・・・単に、軍事大国ではないからなのです。

ベンチャー・キャピタルは、「人」の何を見ているのかと言えば、何のことはない、学歴・職歴とコネを見ていたに過ぎなかったというわけです。

シリコンバレーというのは、エリート限定の閉鎖的な共同体だったのです。

野中郁次郎氏らが喝破したように、イノベーションとは人材の能力の成長のことです。そして、小池和男氏が論じたように、イノベーションを生み出す人材の育成には時間がかかるので、長期雇用が必要です。長期雇用の労働者こそが、イノベーションの源泉なのです。

ROE経営は『すでにあるもの』の効率化を図ることはできても、『今はないが、将来つくるもの』の価値を最大化することはできません(原丈人)。

ウィリアム・ラゾニックが声を大にして批判しているように、この自社株買いこそがアメリカ企業の短期主義を助長し、アメリカのイノベーションの力を削いできた元凶の一つなのです。

①アメリカはベンチャー企業の天国ではない。

②アメリカのハイテク・ベンチャー企業を育てたのは、もっぱら政府の強力な軍事産業育成政策である。

③イノベーションは、共同体的な組織や長期的に持続する人間関係から生まれる。

④アメリカは1980年代以降の新自由主義的な改革により金融化やグローバル化が進んだ結果、この40年間、生産性は鈍化し、画期的なイノベーションが起きなくなる「大停滞」に陥っている。

⑤日本は1990年代以降、アメリカを模範とした「コーポレート・ガバナンス改革」を続けた結果、アメリカ経済と同様に、長期の停滞に陥っている。

2017年7月 7日 (金)

藤和彦『国益から見たロシア入門 知られざる親日大国はアジアをめざす』PHP新書

日本とロシアは文明の「かたち」こそは異なるが、両国の国民性には意外なほど共通点が多い。

「ジャポニズム」とは、19世紀後半の欧州において一世を風靡した、日本美術への熱中のことを指す。

「東方を支配する」という意味のウラジオストク

現在のロシアの保守派が評価するのは、・・・・・ロシア正教を守ったスターリンである。

ロシア語には「安全」という言葉はなく、「危険がない」という表現しかない。

2017年6月28日 (水)

竹内洋『社会学の名著30』ちくま新書

結婚式で司会者が熱烈な恋愛結婚という紹介をしても、大概のところは階級や学歴の似たもの同士なのである。

絶対と断定ほど社会学から遠いものはないからである。

どんな学問も次の二つのことをめざさなければならない。「明快であること、そして当たり前でないこと」である。

生産諸力の発展が歴史の原動力であるという史的唯物論の精髄

人は『生まれながらに』できるだけ多くの貨幣を得ようと願うものではなくて、むしろ簡素に生活する、つまり、習慣としてきた生活をつづけ、それに必要なものを手に入れることだけを願うにすぎない。

プロテスタントの関心はあくまで霊魂の救済であったから、・・・

大人がなにかを隠さうとしてゐるといふ事実だけは、子供はちやんと見てとる。・・・・・教へようとしたものを学ばない。かれらが見せようとも教へようともしないところで、かへつて子供はなにものかを学びとる(福田恆存)。

2017年6月26日 (月)

佐藤優『読書の技法』東洋経済新報社

神学を学ぶには、哲学の知識が必要になる。シュライエルマッハーも言うように、神学はその時代の哲学の衣装を着ており、その時代時代の哲学の言葉を借りて概念を表す。

中世の図書館では、本は学生に1冊しか貸してくれず、その本をすべて筆写し終わるか、完全に暗唱するまでは、次を貸してくれなかった。

読者が知りたいと思う分野の基本書は、3冊もしくは5冊購入するべきである。・・・・・その理由は、定義や見解が異なる場合、多数決をすればよいからだ。

鳥は卵から孵化していちばん初めに見たものを自分と同じ動物と考える。

学術的な真理は本来、多数決とはなじまない。

真ん中くらいというのは、実はその本のいちばん弱い部分なのである。

否定神学とは「~である」と積極的に定義することを避け、「~でもなければ、~でもない」という形で消極的に事柄を表現する技法だ。

民族て問題を理解する場合、経済合理性や人権という切り口から問題を解明しようとしてもそれはあまり意味がなく、特定の人間集団が持つ神話・記憶・象徴といった非合理的に見える現象の内在的論理を解明することが不可欠であるということをスミスは言いたいのである。

過激になったナショナリズムを沈静化することは至難の業である。

ノート作りのいちばんの天才はレーニンである。

知は一定の熟成期間を置いた後にしか身につかない。

民族について、学界では、言語、地理的共通性などの歴史を持つ客観的基準を重視する原初主義と、近代以降の自己意識を重視し民族という概念が流動的であるとする道具主義対立している。アカデミズムでは原初主義が主流だが、マスメディアでの報道は道具主義に基づいている。

教科書とは、教師がいる環境を想定しているので、説明不足が許されるのである。

人間は嫌いで意味がないことは記憶しない。

客観的なデータを記憶しておくことが、外交官や新聞記者になった場合、いかに役に立つかという話をした。

ウェストファリア条約で築かれた国際社会の基本的な「ゲームのルール」は今日でも有効なのだ。

言語には個性がある。ただし、ある人がまったく自分の感覚、感情、気分などの内的体験を記述するような私的言語は、他人に理解されないので、言語としての機能を果たさない。それだから、ウィトゲンシュタインは私的言語を否定した。

日本が北朝鮮との間で対話を回復し、あの体制の中にも必ずある、優れた知性と接触する可能性を探るのだ。その作業が拉致問題の解決に向けた環境を整備するのである。

夜は悪魔の支配する時間なので、夜中に原稿を書いてはいけない。夜中に原稿を書くことを余儀なくされた場合、翌日太陽の光の下でもう一度その原稿を読み直してみること(ディートリヒ・ボンヘッファー)。

ファシズムは、結局、国民に排外主義という病理をもたらす。

難しい事柄について、水準を落とさずに、わかりやすく話す・・・

2017年6月25日 (日)

林修『いつやるか?今でしょ! 今すぐできる45の自分改造術!』宝島社

かのギリシア・ローマの昔、キケロが演説を終わったとき、民衆は『なんと雄弁だろう!』と感服した。しかし、デモステネスの演説が終わると今度は、口々に叫んだ『さあ、行進しよう!』と。

考えに詰まったら、まず「対比」を考えよう!

「普通」に読めないような名前は、やはり読めないのです。そういう名前をつけられた子どもは、誤読されて嫌な思いをする、あるいは、いちいち説明しなければならない煩わしさを一生抱えて生きていくことになるのです。だから「本質」がわかっている親は、「普通」の名前をつけるのです。

特に自分よりも上の人に何かを聞いてもらおうとしたら、まず「アウエイ」で勝負すべきです。これは、強敵に対して、相手の懐に飛び込むという弱者の基本的な戦い方に通じるものがあります。相手は自分の「ホーム」にいるという余裕から、「まあ、聞いてやろうじゃないか」という気持ちになりやすいもので、これは、あなたにより多くの権威を認めているのと等しい状況です。

プレゼントの魅力は、その人自身の魅力に完全に比例する。

2017年6月24日 (土)

根来龍之『ビジネス思考実験 「何が起きるか?」を見通すための経営学100命題』日経BP社

ビジネスの「こうすれば、こうなる」という傾向法則を見つける学問が経営学です。

経営学の理論やフレームワークは、実際に使おうとすると、常に「過小」かつ「過剰」です。

ポーター教授のファイブフォース理論は、経済学の産業組織論をベースにしていて、「独占度が高くなると過剰利益が生まれる」という経済学の基本命題に従っています。

経営学の理論を学ぶときには、その理論が「何を説明しようとしているのか?」を知らなければいけません。つまり、向上させようとしている指標、改善させようとしている変数(目的変数)が何かということを頭に入れておくことが欠かせません。ファイブフォース理論の場合、目的変数は「業界の平均利益率」です。

経営学の概念は、たいていどこかから借りてきた言葉です。

東京の「たぬきそば」と大阪の「たぬきそば」は違います。東京の「たぬきそば」には天かすが入っていますが、大阪の「たぬきそば」は油揚げが入っています。東京の人にとって油揚げが入ったそばは「きつねそば」と呼ぶのが一般的です。

因果関係は網の目のように絡み合っている。

ファイブフォース理論の場合、その目的変数は「業界の平均利益率」です。個々の企業の利益率を説明しようとしているわけではないことに注意が必要です。従って、分析の対象は「業界」であって、「企業」ではない。ファイブフォースの分析をすると個別企業の戦略が策定できるというのは誤解です。業界を分析しているのであって、企業を分析しているのではない。つまり、ある業界が「儲かるか」「儲からないか」を説明する理論です。

資源ベース戦略論の概念も経済学から来ています(レント、リカード)。

ビジネスモデルの設計には、いくつか重要なチェックポイントがあります。・・・・・1つは「顧客にとっての魅力を高めること」です。もう1つは「ライバルが追随できないようにすること」です。

「模倣困難性」は「差別化」とは違います。

2017年6月12日 (月)

日本経済新聞社編『マネジメントの名著を読む』日経文庫

新しい知というのは、今ある知見同士の「新しい組み合わせ」で生まれるのです。

『戦略サファリ』

  • 1960年代に主要な考え方が発表され、現在の学術研究では見向きもされなくなったデザイン・スクール
  • 戦略とは事前に計画されるものではなく、実際にビジネスを進めて顧客の反応を知り、現場の声を聞き、試行錯誤の上にわき上がってくるものだ
  • 今のグーグルの事業モデルの柱となっている広告とページランク・システムの仕組みを先行して生みだしたのは、オーバーチュアという会社です。
  • 彼が厳しく批判するのが、ポジショニング・スクールです。
  • 我々が気をつけるべきは、一つの理論にこだわる余り視野が狭まることです。
  • 10スクールのどれを適用するかは、組織の発展段階で異なる。

『競争の戦略』

  • 経営学でいう「競争優位」とは、まさに独占に近い地位を特定領域で築くことです。
  • ポーターはまず、「5つの力」という概念をもとにした業界構造分析を通じて、競争優位をつくれる状況にあるかどうかを判断します。そのうえで、どのような基本戦略を選ぶべきかを定めるというアプローチをとります。
  • ポーターの枠組みに沿って言えば、参入障壁は高く、撤退障壁は低く、代替産業との距離は遠く、川上(売り手)や川下(買い手)の業界よりも交渉力の高い状態にあることが望ましいのです。
  • 『競争の戦略』におけるポーターの理論は事業戦略の方を扱うものとなっています。

『ブルー・オーシャン戦略』

  • 「戦略より戦術」を合言葉にしていたリクルート
  • 資源の少なさや抵抗を言い訳にしない
  • 聞き上手の人は、基本的に「人間の内面は、そう簡単に理解できるものではない」という認識を持っている。

『イノベーションのジレンマ』

  • 偉大な企業は正しく行動するがゆえに、やがて市場のリーダーシップを奪われてしまう。
  • イノベーションによる性能改良は、顧客の要求(ニーズ)の上昇よりはるかに速いペースで進む。
  • 破壊的イノベーションによる製品は、中心のユーザーではなく、一部の新しいユーザーに評価されることで市場に参入します。

『マネジメント』

  • 予期せぬ顧客や使われ方が現れた時、またはその逆に、当然使ってくれるだろうと思っていた顧客が使ってくれなかった時には、そこには大きなチャンスが潜んでいることが多い。
  • 企業は業績に貢献しない活動を切り捨てることによって成長する。業績に貢献しない活動は企業の力を枯渇させるだけである。

『ビジョナリー・カンパニー』

  • ビジョナリー・カンパニーの究極の製品は「企業そのもの」であり、すばらしいアイデアにとらわれすぎると、組織づくりがおろそかになりがちというのがコリンズの洞察です。
  • コリンズによると、偉大な企業へと飛躍した企業は、経済的原動力を強化する鍵を、「〇〇当たり利益」というシンプルな財務指標に結晶化させています。

『プロフェッショナルマネジャー』

  • 経営は「アート」であり、「サイエンス」ではない。
  • 流行の「理論」に惑わされることなく、本質を見よ。
  • 経営とは成果以外の何物でもありません。
  • 本を読むときは、初めから終わりへと読む。ビジネスの経営はそれとは逆だ。終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ。
  • 優れた経営にアメリカも日本もない。
  • エグゼクティブとしてすることになっている仕事を本当にやっているなら、彼の机の上は散らかっているのが当然。
  • 経営者たるもの「人生の快適な面を放棄する決意と高い職業意識が自分にはあるだろうか」を自ら問うべし。
  • ドッグ(負け犬)がドッグになったのも、経営者の失敗の結果だ。それを低成長・低利益とみるや見切って売れというのは、経営責任の放棄に他ならない。

『巨象も踊る』

  • 米国の取締役会は日本とは異なり、CEO以外は社外の取締役です。
  • 日本で社外取締役の活躍の場が少ない理由の一つとして、「自社の事業のことを知らない」ことが挙げられます。

『ウイニング 勝利の経営』

  • 経営の第一歩は「現実をよく知る」です。
  • 競争相手のことなんかどうでもいい。社内でコミュニケーションが取れないことのほうが、よっぽど恐ろしい敵だ。
  • コミュニケーションの成否は、受け手側がどう受け取るのかにかかっているのです。
  • 大まかな方向性を決めて、死に物狂いで実行する。
  • 勝ちたいのなら、戦略についてじっくり考えるよりその分、体を動かせ・・・・・適材適所そしてベストプラクティスを採用して、常に改善を加えていくことだ。
  • 戦略とは単純に『あ、そうか!』を見つけ、大まかな方向性を決め、適切な人を配置して、しつこく、たゆまなく改善をしていくこと、それだけのことだ。これ以上複雑にしようとしたって、私にはできない。
  • 考え抜くのは大変な仕事だ。だから、はやり(の経営手法)で済まそうとしてしまう。
  • 世の中の50%の人に嫌われていなかったら、差異化の取り組みが甘いのだ。

2017年5月29日 (月)

フィリップ・デルヴス・ブロートン『ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場』日経BP社

会計学においては、規則に固執することよりも常識を働かせることのほうがはるかに重要なのだ。

中国のような土地でビジネスをしてみるまでは、それについていくらもったいつけて話し合ってみても無駄。

経験だけが唯一、信用するに足る保守的な測定基準で、それ以外は空虚な数学的思考の所産なのだ。

ミヒール・デサイ教授が、自分の母親に説明できないなら、それはちゃんとファイナンスを理解していないことだと言っていた。

ある人物がどういう人間かはその人の銀行取引明細書とクレジットカードの使用明細書見ればわかる。

トヨタは何ごとをも取るに足りないこととして片づけなかったために、あれほどの成功をおさめたのである。

ビジネスは、潜在的に不実で嘘つきで泥棒根性を持った人間の営みであるという事実から逃れることができない。

代替案のない決定は、破れかぶれのギャンブラーの一投に等しい。たとえそれがどれほど考え抜かれたものであってもだ。

2017年5月24日 (水)

波頭亮『経営戦略論入門 経営学の誕生から新・日本型経営まで』PHPビジネス新書

経営のテーマが〝内から外へ〟と転換することによって、「経営戦略」という言葉が生まれた。

1960年代は経営戦略論が誕生した時代と見なすことができるのである。

ホフステッド指数

このグルッと回った矢印がポーターの5フォースフレームワークのシンボルである。

2017年5月19日 (金)

養老孟司『死の壁』新潮新書

もともとギムナジウムという言葉は「裸」を意味していたのです。

クラウゼヴィッツが『戦争論』で書いている通り、戦争に外交の手段という側面は間違いなく存在しているのです。

間引きに代表されるように、暗黙の了解のうえで目をつぶることがあったのです。

生きがいとは何かというような問いは、極端に言えば暇の産物なのだ、と。本当に大変なとき、喰うに困っているときには考えないことです。

2017年5月17日 (水)

田中弘『会計学はどこで道を間違えたのか』税務経理協会

戦後、わが国に移植された英米会計について、多くの会計学者が真摯な研究を続けた結果、近代(英米)会計の理論構造や考え方がほぼ解明されたことである。

わが国の会計は、制度も基準も英米のものを「輸入」したものであるが、わが国の経済環境に合うとか、わが国の風土や土壌に適合しているという理由で輸入したものではない。

資産除去債務・・・買った資産が100億円だというのに、BSに110億円と書くのは、普通の経済感覚を持った人ならだれもが「おかしい」と感じるのではないであろうか。

「連単分離」は世界の常識である。

資産負債アプローチが底なし・上限なしの損益計上(つまり利益操作)ができるのに対して、収益費用アプローチはキャッシュ・フロー(収入額と支出額)の範囲内でしか収益・費用を計上できないというリミッターが付いている。

日本企業が内部留保を高めるのは、一つには研究開発のための資金を用意することにあり、また不測の事態に備えるためである。

アメリカでは「概念フレームワーク」には会計基準としての拘束力を与えていない。

アメリカは、日本と同様に「細則主義」、つまり、細かなところまでもルールブックに書かれないと企業の会計報告ができない。

IFRSをそのまま採用しているのは、オーストラリア、ニュージーランド、香港地区という、昔のイギリス植民地だけである。

果たして、「IFRSに準拠して計算した包括利益」は、「当期純利益」よりも経営者の儲けの実感に近いのであろうか。

「公正価値会計」といった、伝統的な会計観からかけ離れた財務報告が(金融界はともかく)製造業には向かいないことが分かるにつれて・・・・・

会社法上は、連結は個別財務諸表を補足するための「参考資料」でしかない。当期の純利益を確定したり、その利益を誰にいくら分配するかを決める情報を提供したりといった利害調整機能は連結にはない。会社法上の連結財務諸表(連結計算書類)には情報提供機能しかないのである。

2017年5月15日 (月)

蓮實重彦・山内昌之『20世紀との訣別・・・歴史を読む・・・』岩波書店

ヘーゲルやマルクスが歴史的必然性という名の「法則」を見出した・・・・・そのヨーロッパ中心主義的な図式から抽出された「法則」は非ヨーロッパ世界のイスラームやアジアにそのままあてはまるものではありません。

宇野弘蔵の『経済学方法論』を読んでマルクスの『資本論』を原理論として理解すれば「経済法則」が抽出されるという指摘に感心したことがあります。

マンハイムを批判したアメリカの社会学者マートンが「一般大衆の知識状態」も「思想」の一形態だと述べたように、ある集団あるいはその一部が特有の「思想」や「知識」を特定の歴史事象についてもつことはありうるからです。

フランス史というものは存在せず、すべてはヨーロッパ史だ・・・・・ヨーロッパ史というものは存在せず、すべては世界史だ。

地中海への関心は、やはり中東・アフリカの植民地制服から来るんですね。

サルトルはドイツ占領下のパリをくまなく知っている。

アルレッティーはといえば、これはドイツ将校との熱烈な恋で浮名を流すことになる人ですし、・・・

綱吉将軍の時代、竹島に渡った日本の漁船と朝鮮人が衝突して談判になった時、儒者の林鳳岡が『日本書紀』や『三国志倭国伝』や『梁書』に竹島が出ていることを知らず、朝鮮側との論戦で屈したというのは残念な一例です。

2017年5月 8日 (月)

音部大輔『なぜ「戦略」で差がつくのか。』宣伝会議

経営戦略論の中でも戦略計画学派といわれるイゴール・アンゾフやアルフレッド・チャンドラーたちにとっての戦略思考は、不確実な外部環境への適応方法を示すものだった。

戦略を定義付ければ、「目的達成のために資源をどう利用するかの指針」となる。

戦略がある利点

  1. 効率的に資源を運用することで、効果的に目的を達成することができる
  2. 経験値を獲得できる
  3. 意思決定に役立つ
  4. 計画に一貫性と安定性が出る

達成すべき目的があり、資源が有限である場合に戦略が必要になる。

ヴィジョンとの違いは、ヴィジョンが目的の一形態として状態を示しているのに対して、理念は考え方や方針を示すことが多そうだという点である。

「目的」は効果的な再解釈をもたらし、結果的に解釈の余地がない「目標」となるのである。

戦略は目的と資源に規定される概念である。つまり、資源に基づいて戦略は定義される。

戦略があることで、目的が明確になる。少なくとも、なにが目的かわからないという事態は避けられる。

«井原隆一『社長の財学』日本経営合理化協会出版局

2017年7月
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