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2017年8月17日 (木)

大貫隆『聖書の読み方』岩波新書

聖書には非科学的なことがたくさん書いてある。

信仰者の使う言語は、非信仰者にとっては、理解困難な「外国語」なのである。

聖書全体があくまで神を主語として話が進む書物・・・・・

古典の本文そのものには近づかない。古典は本気で読まれることが少ないのである。

創世記の冒頭には、相異なる天地創造の物語が二つ並んでいるわけである。

サタンは旧約聖書ではヨブ記に初めて登場する。しかし、そこでのサタンはまだ悪の権化ではない。

旧新約聖書は、・・・・・その文書配列の順番からして、初読者にはきわめて不親切な書物なのである。単純に初めから終りに向かって通読する試みは、やめた方がよい。

ルターはヘブライ人への手紙、ヤコブの手紙、ユダの手紙、ヨハネの黙示録の四書を価値の低い「付録」として扱い、巻末に並べている。

聖書の文書配列は、・・・・・誰もが文句なく認めるような目次は最初から存在しなかったわけである。

旧約聖書も新約聖書も、礼拝の場で使うことを主たる目的として編まれた。

実際の処刑に先立ってペトロは、くりかえしイエスを知らないと否認していた。

イエスの死後の数十年間は、イエスの発言、行動、最後は口頭で言い伝えられた。

グノーシス主義とは人間即神也の思想なのである。

2017年8月14日 (月)

藤森徹『あの会社はこうして潰れた』日経プレミアシリーズ

公共事業の採算で会社の行く末が決まる。この構図は、都市部より地方のほうがより鮮明になる。

破産は債務者が自ら申し立てをする「自己破産」が多いが、債権者による破産申し立ても可能なのだ。

京都で「先の戦争で・・・・・」と言えば、1467年の応仁の乱のことを指す。

「のれん」の果たす役割の1つに「保証」がある。

老舗といわれる「業歴100年企業」には3つの特徴があることが分かっている

  1. 事業承継(社長の交代)の重要性
  2. 取引先との友好な関係
  3. 番頭の存在

登記の確認に加えて励行したい基本動作は相手の会社への直接訪問だ。

急成長している会社と取引するときに注意したいのは、基本的なことではあるが、一般的に企業の経営状態は関係会社を含めてみなければならないということだ。

2017年8月12日 (土)

堀紘一『戦略の本質―相手を知り、動きを読み、弱みを突く―』PHP

大和銀行は普通銀行と信託銀行を併営していた唯一の銀行で、りそな銀行の虎ノ門支店の地下に日本最大級の貸金庫があるのは、その名残である。

「三」という数字は不思議なもので、あらゆるところに登場する。

どんな業界でも上位三社は生き残れる。もっとも不況時のナンバー三は、収益がトントンにまで落ちるが。

セールスというのは、エゴ×エンパシーで成り立つ。以上。・・・・・要するに、自分が何をしたいかがはっきりしていて、相手の気持ちがわかれば、セールスはできるというのである。

商売を長く続けたければ、おいしいものをつくって、馴染みのお客さんに喜んでもらうのが基本である。

2017年8月10日 (木)

小熊英二『社会を変えるには』講談社現代新書

1965年から1993年、だいたい「東京オリンピックからバブル崩壊まで」が、日本が工業中心の「ものづくりの国」だった時代といえます。

大型道路を作れば作るほど、幹線沿いに大型郊外店が建ち、都市へ人は出て行って、かえって地方の衰退が進みました。

フランスは核兵器によるアメリカからの自立に熱意があるので、採算を度外視しても、原発とプルトニウム抽出は進める路線を続けています。

ドイツ、イタリア、スイスなど、核兵器を持たない国は、すでに原発からの撤退を決めました。

災害がおきると、弱っていた産業の衰退が一気に進む・・・・・

災害がおきるとその社会が抱えていた問題が露呈するというのも、原発事故にあてはまります。

韓国やロシアのように国営公社が原発を作る・・・・・

原発のコストは、じつは大部分が安全コストです。

ライフスタイルとライフサイクルが均質化したのが、工業化社会の特徴です。

1960年代のアメリカの女性運動は、郊外の住宅に住んで生活に不自由はないけど、心の空しさを抱えているという専業主婦の悩みを書いた本から、大きく広がりました。

日本共産党は、文芸評論家が党のトップになったという、世界でも珍しい党でした。

1955年に始まった「春闘」は、・・・・・

「セクト」というのは、もともとカトリックに対抗して分裂したプロテスタント諸派の教団のことです。

全学連は共同体の集まり、全共闘は「自由な個人」の集まり

もともとセクトはマルクス主義の党派ですから、・・・・・

社会運動があるテーマで広がるときには、そのテーマが社会のなかで構造的にたまっている不満や感情の表現手段になった場合です。

女性や子どもに参政権がなかったのは、一家の意見は家長に代表される、という考え方があったからです。

日経平均株価が一般新聞の経済面以外に載りはじめたのは、1990年代末になってからです。

『往生要集』によると、八大地獄の一つである「集熱地獄」に落ちれば、人間界の時間でいえば五京四五六八兆九六〇〇億年は転生できないそうです。

聖書の俗語訳が印刷されたことは、異端の続出という事態を招きました。

『古事記』で大和王朝の領土とされている「大八洲」には、北海道も沖縄も入っていません。

快楽計算という考え方は、プラトンが『国家』に書いていたものです。

日本でも警察が外国人登録証の形態義務違反を厳しく検挙する方針をとれば、いきなり外国人の犯罪件数が増えたりします。

マルクスが人間の関係という場合の第一は、生産関係です。

19世紀のドイツでは、近代化の反動からロマン主義が台頭し、共同体へ帰れ、自然に帰れ、といった運動がありました。

ギデンズはマルクスにも影響を受けています。

ウェールズのように「パブリック・セクター」が雇用の三分の一という社会もありますが、・・・・・

世界のどこでも、移民排斥などを掲げるポピュリズムが台頭しています。インドのような「先進国」とは分類されない国でも、90年代以降の経済自由化とともに、急激にイスラム教徒排撃を唱えるヒンドゥー右派が台頭しました。

プラトンの『国家』によれば、国家のなかで役割や居場所を失った人が、既得権批判を掲げる僭主を支持します。

権力者が広めた文化が主導的立場を築いていることを「ヘゲモニー」といいますが、・・・・・

マルクス自身は、自分はマルクス主義者ではない、と言っていたのは有名です。

べ平連三原則

  • やりたいことをやれ
  • 言い出したら自分でやれ
  • 他人の批判はするな(それなら自分でやれ)

デモで歩いたら、隣の人と話さないのは損です。

アダム・スミスは、人間の能力に大差はなく、分業の結果として役割や職業ができるにすぎないと論じました。

2017年8月 4日 (金)

岩崎育夫『入門 東南アジア近現代史』講談社現代新書

インド神話のなかに登場する神の鳥で、インドネシアの国章でもあるガルーダが・・・

東南アジアの呼称は、第二次世界大戦中の1943年に連合国軍がスリランカのコロンボに「東南アジア総司令部」を置いたことから、それ以降広く使われるようになったもので、外部世界がつけた地理的要素が強い「他称」である。これに対して、1967年に東南アジアの五ヵ国が創ったASEANは、自ら創った「自称」といえる。

仏教の分派は大きく、在家信者でも救われるとする大乗仏教と、一定期間、僧院で修行を積むことを要求する上座部仏教の二つがある。

東南アジアで唯一「中華世界」に属していたベトナム(北部)は、・・・

ある国が一つや二つの一時産品に特化した経済構造は「モノカルチャー」と呼ばれる。

日本軍が快進撃できた一因は、東南アジアのヨーロッパ植民地宗主国がドイツに占領されるか(フランスとオランダ)、防戦を強いられて(イギリス)、東南アジアを防衛する軍隊を派遣できないことにあった。

現代でも、世襲制を原理にするアジアの国はブルネイ、それに北朝鮮である。

インドネシアとマレーシアはムスリムが多数を占める国だが、・・・

上田二郎『国税局査察部24時』講談社現代新書

売り上げの把握が難しい現金商売(水商売など)は売り上げをごまかし、売り上げをごまかすことが難しい業種(建設業界など)は、経費をごまかす。

IT化によってスイカやパスモなどの交通系電子マネーが登場し、尾行もだいぶ楽になった。

手形は、代金の支払い機能と信用取引という二つの機能を持っていることとなる。

裏書が続いている手形での注意すべき点は、その繋がりが正しく連続していないといけないということだ。

「外―外取引」とは国税内部で使われる言葉で、脱税の手段が国外にあって、その果実(タマリ)が国外にある取引のこと。

個人や中小企業がタックス・ヘイブンを利用する主目的は、ずばり資金洗浄と脱税で、所得の移転とは区分して考えるべき問題だ。

OECDが悪質なタックス・ヘイブンの基準を策定した。

2017年8月 2日 (水)

伊藤元重『経済大変動』PHPビジネス新書

モノのインターネットの広がりなどもあって、世界で動いているコンピューターサーバーで使われている電力の量は、日本の総電力利用量を超える規模だという。それだけの情報処理が行われているのだ。

安倍内閣が2020年までの目標とするGDP600兆円の達成は、賃金上昇の実現にかかっている。

国の財政の深刻さは、GDPに対する公的債務の割合で判断される。

少子高齢化が進むということは、選挙で投票する人の中でシニアの割合が増えるということだ。

日本の国債を持っているのはほとんどが日本人であるのだ。

デフレの時代は、価格破壊がビジネスの成功の秘訣であった。安い労働力を使いこなすことで、事業を拡大することができた。そうした時代はもう終わった。

なぜ多くの成功する小売業は地方から出てくるのか。

価格を下げていくのは、ある意味では簡単なことだ。徹底した効率を追求すればよいからだ。しかし下げた価格をまた上げるのは大変なことだ。顧客の納得を得る必要がある。

日本は主要国の中で突出して食料品の価格が高い。コメや肉や乳製品などが特に高い。

アマゾンはカテゴリーキラーのキラーと呼ばれる。品ぞろえと低価格で他の店を潰してきた大型量販店はカテゴリーキラーと呼ばれるが、・・・・・

2017年7月28日 (金)

若狭勝『嘘の見抜き方』新潮新書

取調べは、まさに嘘と向き合い、嘘を見抜き、真実をあぶり出す作業なのです。

怒られれば怒られるほど被疑者の防御本能は強まり、心を閉ざしたままで、真実が語られる機会は失われてしまう。

自らにやましい部分があり、その疑いをかけられたとき、真実を全てありのままに話すことができる人はまずいない。

自分は騙されまい、噓を暴いてやる、自白させてやると必死になればなるほど、その気持ちが表情や言葉に出てしまい、相手にも察せられます。

怒りの表情の「持続時間」です。無実の人間は、自分が疑われているということに本当に怒っているので、それがずっと持続する傾向にあります。

事実を聞け。評価は最後の最後に聞け。

2017年7月23日 (日)

野田稔『実はおもしろい経営戦略の話』SB新書

低コスト化より差別化のほうが、マーケット(市場)は狭くなります。低コスト化は市場全体での競争優位性がありますが、差別化は一部(ニッチ)でのみ競争優位性が発揮されるので市場が限定的になるからです。

戦略と戦術をはっきりと分けたのは、クラウゼヴィッツ

ドラッカーは何も証明していないから

アップルが変えたのはドメイン(事業領域)なのです。

リデル=ハートは、クラウゼヴィッツより孫子に近い考えを持っていたようです。

BMWの経営戦略の象徴は、エンジン音にあります。

どうせ就職するなら、どんな小さな業界でもいいから、業界トップの会社に入ったほうがいい・・・・・特に大きな市場で万年2番手の企業は、トップの企業に負け続けている何らかの要因があるから、やめておいたほうがいい。

2017年7月21日 (金)

熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』岩波新書

哲学の起源はふつう、ギリシア本土から見て東方にあたるエーゲ海対岸のイオニアと、現在の地理的表象にそくして語るならば南イタリアに位置する、ギリシアの植民都市の双方にもとめられる。

タレスが偉大なのは、世界すべての原理はなにかという、かつてない問いを発したこと自体にある。

輪廻をめぐる思考は、オルフェウスの教えのうちにすでにふくまれている。

カントによれば、世界は有限でも無限でもないからである。

デモクリトスとエピクロスの「差異」に注目したのは、学位論文を執筆した若きマルクスであった。

ソクラテスがしたがう「神」は、なぜか単数形である。

教えることで報酬をとった最初の人間が、プロタゴラスであるむねを、プラトンが証言している。

クサンティッペが悪妻であったのは、たぶんない。ソクラテスが好色かつ酒好きな道楽者で、無能のひとだったのである。

アレクサンドロスは、もしじぶんが大王でなければ、ディオゲネスであることを望んだであろうと語ったといわれる。

哲学史は確実に哲学そのものです。テクストとともに思考を継続することなしに、それぞれの哲学者が考えたこと(思想)を理解することは不可能であるからです。

2017年7月17日 (月)

呉智英・宮崎哲弥『放談の王道』時事通信社

現行少年法は子供要保護観念-パターナリズムと教育刑主義という優れて近代的な理念の上に成り立っていて、子供は未熟で大人によって保護されるべき存在であり、かつ刑罰は応報ではなく教化でなければならないという「当為」が前提となっています。

私は仏教徒としてあらゆる本質主義を否定しますから、・・・・・

サンデルやマッキンタイアのようなコミュニタリアンの人格理念によれば、人生は一巻の物語のように一貫したものだということになります。

ポパーは、科学の発展とは真理の発見の積み重ねであり、全体としては一貫した体系が連綿と続いていくと主張したわけだよね。ところがクーンは、科学の進歩といっても、その成果はそれぞれ一本の串にささったいくつもの団子のようなもので、相互のつながりは何もない、ということを言っている。

ジャーナリズムに何か原理があるとすれば、それは商業主義しかないと思っているわけ。

日本人にとっての仏教っていうのは、ほとんど荘子思想なんだってのは断言できる。

やっぱり儒教っていうのは、人類の存続を前提にしているんですよね。

キリスト教では、すべての人命は神の賜物であると考えられていて、だからこそ人口中絶にも「安楽」死にも死刑制度にも批判的なんですね。

宗教というのは放っておくと必ず、他の宗教、他の信念体系と戦いを始めますね。

朱子学だの陽明学だのっていうのはかなり、仏教からぱくってるんだよ。

兵本達吉『日本共産党の戦後秘史』新潮文庫

日本共産党は、そのコミンテルンの「日本支部」にすぎなかったということを改めてしっかりと押さえておく必要がある。

「二七年テーゼ」は、のちにスターリンに粛清されたブハーリンが作成したものである。ブハーリンが失脚すると、オットー・クーシネンによって書き直された。これが「三二年テーゼ」といわれるものであり、戦前の日本共産党の指導方針となった。

戦前の共産党は、その活動の全体を「ソ連邦の擁護」と「支那革命の支援」に費やしていたといっても過言ではない。

日本共産党はレーニンが定めたコミンテルン加入の二十一ヵ条にしたがって創立された党であって、民主集中制という軍隊的な規律をいまだに厳守している、発達した資本主義国では珍しい党である。

ソ連が崩壊すると、宮本顕治は「双手をあげて賛成」などと全く意味不明の発言をして国民の失笑をかい、不破哲三は「ソ連は社会主義ではなかった」などと主張しはじめ、その人間としての限界を超えた破廉恥さで世間を驚かせた。

共産党が支配する「プロレタリアートの独裁」の国に一かけらの民主主義も存在しないことは、今や明白である。

レーニンは、「革命の根本問題は、権力の問題である」と繰り返し書いている。

「三二年テーゼ」・・・・・その当時の日本の国家権力を、地主と資本家の支配とともに、さらにその上に君臨する絶対的天皇制であると規定し、これの革命的打倒を呼び掛けた。

「天皇制」という言葉は日本語になく、コミンテルンのつくった左翼用語であることを覚えておく必要がある。

日本共産党は、戦前は「天皇制」を、戦後は「アメリカ帝国主義」を革命の「対象」として位置づけていた。

明治憲法が制定された直後の皇室は、まったくの貧乏所帯で殆ど財産らしきものを持たなかったので、・・・・・

もともとマルクス・レーニン主義というのは、暴力革命の理論である。

敵から手に入れた武器で敵を攻撃するというのは、万国共通の共産主義者の原則なのである。

レーニンの論文には、「児戯に類する」という言葉がよく出てくる・・・・・

ロシアの有名な革命詩人マヤコフスキーの作品に、「会議をやめるための会議を開こう」という古い党員なら誰でも知っている詩がある。

レーニンは、1920年に定めた「コミンテルン加入の21カ条」の14項で、「全ての国の共産党は、不可避的に党に入り込んでくる小ブルジョワ分子を党から系統的に清掃するため、党組織の人的構成の定期的粛清をおこなわなければならない」と定めた。

我が国の最も〝偉大〟なマルクス主義知識人である石堂清倫は、・・・・・

マルクスが「発見」した「法則」を日本の歴史的現実に「あてはめた」(適用した)ものが、日本共産党綱領である。

マルクスもレーニンも、最大の暴力である戦争を否定したことは一度もない。

東欧の共産主義国の崩壊は、「情報の公開」が原因であると言われる。

マルクスもレーニンも、「理論で世界を変えることはできない」と繰り返し述べ、大衆が社会の矛盾を知るのは、決して書物や論文によってではなく、実生活から学ぶのであると語っている。

日本共産党の査問というのは、初めから結論が出ているのである。

宮本の形式主義は、人物にも及ぶ。日本共産党のトップは、東大でなければならない。

社会主義者というものは、経済とか財政というものを理解できない。とりわけ、資本主義経済のメカニズムを理解することができない。

我が国には、残念ながら、カントもヘーゲルもいなかったし・・・・・。ところが、マルクス主義を勉強すると、これらの人たちの学説が全て入っていて、哲学も、歴史学も、経済学も、社会学も皆ワンセットで学ぶことができたのである。マルクス主義は、全体として社会科学をのものとして受けとめられた。我が国の勉強の好きな大学生が、とくに革命を目指していたわけではないのにマルクス主義に引きつけられた最大の理由は、まさにここにある。

大久保潤・篠原章『沖縄の不都合な真実』新潮新書

辺野古区住民の多数派は移設容認派です。移設を地区再生のきっかけとして期待してきたのです。

沖縄には、自分たちの現状を変えたくないという、真の意味で保守的な社会集団が存在するということです。

辺野古には訓練の後に飲む店も遊ぶ場所もほとんどありません。

移設先が辺野古になった理由には、この地域は過疎化が進み、基地の誘致運動があったことがあります。

「カネを落とせば、沖縄はおさまる」。これが日本政府の沖縄政策の基本です。

沖縄の企業や行政は振興策依存で自立心が奪われ、沖縄社会は自然破壊や地域の分断といった副作用に苦しむのです。

基地がある沖縄の自治体はみな財政を基地に依存しています。

首都に米軍の飛行場があるのは世界で東京(横田)だけです。ワシントンにもありません。

「処分」という言葉には、琉球側が明治政府の度重なる「廃藩置県」の要求に応じなかったという懲罰的な意味がこめられています。

2017年7月14日 (金)

東谷暁『経済学者の栄光と敗北 ケインズからクルーグマンまで14人の物語』朝日新書

1980年前後の英国におけるサッチャー政権とアメリカにおけるレーガン政権の誕生は、ケインズ政策の死亡通知だった。サッチャー政権はフリードマンのマネタリズムを採用し、レーガン政権もマネタリズムやサプライサイド経済学と呼ばれる反ケインズ経済学を重視した。

IT革命はサプライサイド経済学の成果であり、金融工学が支えていた住宅ブームはフリードマン以降のアメリカ金融経済学の勝利に他ならなかった。

マネタリスト(経済を金融の観点から見る傾向が強い経済学者たち)

サッチャーはフリードリッヒ・ハイエクの信奉者だったが、どういうわけかミルトン・フリードマンの「マネタリズム」を政策として採用し、それが現実にそぐわないことが分かると放棄してしまった。

スタグフレーションは、景気後退とインフレーションが一緒にやってくる現象

ケインズ経済学に対する批判は、アメリカのケインズ経済学がインフレと不況の同時進行をうまく説明できなくなったことから始まった。

2017年7月10日 (月)

高橋伸夫『図解 大学4年間の経営学が10時間でざっと学べる』KADOKAWA

世界初の階層組織はモーセがつくった!?

職務満足が高い生産性をもたらすという人間関係論的仮説は、現在では科学的に否定されています。

オースベル『ユダヤ人民間伝承の宝物』

2017年7月 9日 (日)

中野剛志『真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学』講談社現代新書

一般に「イノベーション」とは、技術シーズを生み出すところから、それを事業化することまでの過程全体を指します。ベンチャー企業は「イノベーション」というよりはむしろ、イノベーションの一部である「事業化」を担っているということです。

アメリカはベンチャー企業の天国ではないのです。

シェーンが言うように、平均的な起業家の姿というものは、人の下で働きたくないとか、職を失ったとか、あるいは未来の可能性に対して楽観的であるといった動機によって、より長時間の労働で、より収入が少なくなったとしても、頑張ろうという人たちです。

日本がアメリカのようなベンチャー大国になれない最大の理由は、・・・・・単に、軍事大国ではないからなのです。

ベンチャー・キャピタルは、「人」の何を見ているのかと言えば、何のことはない、学歴・職歴とコネを見ていたに過ぎなかったというわけです。

シリコンバレーというのは、エリート限定の閉鎖的な共同体だったのです。

野中郁次郎氏らが喝破したように、イノベーションとは人材の能力の成長のことです。そして、小池和男氏が論じたように、イノベーションを生み出す人材の育成には時間がかかるので、長期雇用が必要です。長期雇用の労働者こそが、イノベーションの源泉なのです。

ROE経営は『すでにあるもの』の効率化を図ることはできても、『今はないが、将来つくるもの』の価値を最大化することはできません(原丈人)。

ウィリアム・ラゾニックが声を大にして批判しているように、この自社株買いこそがアメリカ企業の短期主義を助長し、アメリカのイノベーションの力を削いできた元凶の一つなのです。

①アメリカはベンチャー企業の天国ではない。

②アメリカのハイテク・ベンチャー企業を育てたのは、もっぱら政府の強力な軍事産業育成政策である。

③イノベーションは、共同体的な組織や長期的に持続する人間関係から生まれる。

④アメリカは1980年代以降の新自由主義的な改革により金融化やグローバル化が進んだ結果、この40年間、生産性は鈍化し、画期的なイノベーションが起きなくなる「大停滞」に陥っている。

⑤日本は1990年代以降、アメリカを模範とした「コーポレート・ガバナンス改革」を続けた結果、アメリカ経済と同様に、長期の停滞に陥っている。

2017年7月 7日 (金)

藤和彦『国益から見たロシア入門 知られざる親日大国はアジアをめざす』PHP新書

日本とロシアは文明の「かたち」こそは異なるが、両国の国民性には意外なほど共通点が多い。

「ジャポニズム」とは、19世紀後半の欧州において一世を風靡した、日本美術への熱中のことを指す。

「東方を支配する」という意味のウラジオストク

現在のロシアの保守派が評価するのは、・・・・・ロシア正教を守ったスターリンである。

ロシア語には「安全」という言葉はなく、「危険がない」という表現しかない。

2017年6月28日 (水)

竹内洋『社会学の名著30』ちくま新書

結婚式で司会者が熱烈な恋愛結婚という紹介をしても、大概のところは階級や学歴の似たもの同士なのである。

絶対と断定ほど社会学から遠いものはないからである。

どんな学問も次の二つのことをめざさなければならない。「明快であること、そして当たり前でないこと」である。

生産諸力の発展が歴史の原動力であるという史的唯物論の精髄

人は『生まれながらに』できるだけ多くの貨幣を得ようと願うものではなくて、むしろ簡素に生活する、つまり、習慣としてきた生活をつづけ、それに必要なものを手に入れることだけを願うにすぎない。

プロテスタントの関心はあくまで霊魂の救済であったから、・・・

大人がなにかを隠さうとしてゐるといふ事実だけは、子供はちやんと見てとる。・・・・・教へようとしたものを学ばない。かれらが見せようとも教へようともしないところで、かへつて子供はなにものかを学びとる(福田恆存)。

2017年6月26日 (月)

佐藤優『読書の技法』東洋経済新報社

神学を学ぶには、哲学の知識が必要になる。シュライエルマッハーも言うように、神学はその時代の哲学の衣装を着ており、その時代時代の哲学の言葉を借りて概念を表す。

中世の図書館では、本は学生に1冊しか貸してくれず、その本をすべて筆写し終わるか、完全に暗唱するまでは、次を貸してくれなかった。

読者が知りたいと思う分野の基本書は、3冊もしくは5冊購入するべきである。・・・・・その理由は、定義や見解が異なる場合、多数決をすればよいからだ。

鳥は卵から孵化していちばん初めに見たものを自分と同じ動物と考える。

学術的な真理は本来、多数決とはなじまない。

真ん中くらいというのは、実はその本のいちばん弱い部分なのである。

否定神学とは「~である」と積極的に定義することを避け、「~でもなければ、~でもない」という形で消極的に事柄を表現する技法だ。

民族て問題を理解する場合、経済合理性や人権という切り口から問題を解明しようとしてもそれはあまり意味がなく、特定の人間集団が持つ神話・記憶・象徴といった非合理的に見える現象の内在的論理を解明することが不可欠であるということをスミスは言いたいのである。

過激になったナショナリズムを沈静化することは至難の業である。

ノート作りのいちばんの天才はレーニンである。

知は一定の熟成期間を置いた後にしか身につかない。

民族について、学界では、言語、地理的共通性などの歴史を持つ客観的基準を重視する原初主義と、近代以降の自己意識を重視し民族という概念が流動的であるとする道具主義対立している。アカデミズムでは原初主義が主流だが、マスメディアでの報道は道具主義に基づいている。

教科書とは、教師がいる環境を想定しているので、説明不足が許されるのである。

人間は嫌いで意味がないことは記憶しない。

客観的なデータを記憶しておくことが、外交官や新聞記者になった場合、いかに役に立つかという話をした。

ウェストファリア条約で築かれた国際社会の基本的な「ゲームのルール」は今日でも有効なのだ。

言語には個性がある。ただし、ある人がまったく自分の感覚、感情、気分などの内的体験を記述するような私的言語は、他人に理解されないので、言語としての機能を果たさない。それだから、ウィトゲンシュタインは私的言語を否定した。

日本が北朝鮮との間で対話を回復し、あの体制の中にも必ずある、優れた知性と接触する可能性を探るのだ。その作業が拉致問題の解決に向けた環境を整備するのである。

夜は悪魔の支配する時間なので、夜中に原稿を書いてはいけない。夜中に原稿を書くことを余儀なくされた場合、翌日太陽の光の下でもう一度その原稿を読み直してみること(ディートリヒ・ボンヘッファー)。

ファシズムは、結局、国民に排外主義という病理をもたらす。

難しい事柄について、水準を落とさずに、わかりやすく話す・・・

2017年6月25日 (日)

林修『いつやるか?今でしょ! 今すぐできる45の自分改造術!』宝島社

かのギリシア・ローマの昔、キケロが演説を終わったとき、民衆は『なんと雄弁だろう!』と感服した。しかし、デモステネスの演説が終わると今度は、口々に叫んだ『さあ、行進しよう!』と。

考えに詰まったら、まず「対比」を考えよう!

「普通」に読めないような名前は、やはり読めないのです。そういう名前をつけられた子どもは、誤読されて嫌な思いをする、あるいは、いちいち説明しなければならない煩わしさを一生抱えて生きていくことになるのです。だから「本質」がわかっている親は、「普通」の名前をつけるのです。

特に自分よりも上の人に何かを聞いてもらおうとしたら、まず「アウエイ」で勝負すべきです。これは、強敵に対して、相手の懐に飛び込むという弱者の基本的な戦い方に通じるものがあります。相手は自分の「ホーム」にいるという余裕から、「まあ、聞いてやろうじゃないか」という気持ちになりやすいもので、これは、あなたにより多くの権威を認めているのと等しい状況です。

プレゼントの魅力は、その人自身の魅力に完全に比例する。

«根来龍之『ビジネス思考実験 「何が起きるか?」を見通すための経営学100命題』日経BP社

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