有田芳生『ヘイトスピーチとたたかう! 日本版排外主義批判』岩波書店
「殺せ!」「出て行け!」、現実に町に響きわたるこの言葉。いったい日本でいま何が起こっているのか。有田さんがこれまでの出来事をまとめ、ご自身の精力的な活動についても丁寧にわかりやすく論じている。
以下、「ヘイトスピーチ」「人種差別撤廃条約」「表現の自由」などをキーワードにまとめてみようと思う。
レイシスト(人種差別主義者)
ヘイトスピーチ
- 「差別扇動」(師岡)
- ヘイト=憎悪の本質は差別です。
- 国際人権法上では人種差別撤廃条約第四条が「差別のあらゆる扇動」と規定
- 「憎悪」という言葉を残すなら「差別・憎悪の扇動」といってもよいでしょう。
- 日本語では、いまのところ「憎悪表現」という訳語が当てられています。
- ヘイトスピーチというのはそもそも人種や民族、性別などの属性を理由に、その属性を持つマイノリティに属する個人や集団に対してなされる差別や暴力、排除を扇動したり、侮蔑を表現するものであり、被害者(マイノリティ)側が相手に対してなんと反論しようと、それはヘイトスピーチではありません(師岡)
ハンナ・アレントの『全体主義の起原』
- フランスでパリコミューンが崩壊したあとに生まれたのが第三共和政です。
- フランスでも「反ユダヤ」の嵐が吹き荒れました。
- アレントは運動の主体を「モッブ」(群衆)と名付けました。経済的理由を根拠にしたあらゆる階級からの没落者です。
- アイヒマンを分析したアレントは、そこに「陳腐な悪」を見出し・・・・・アイヒマンもまた「モッブ」であり・・
人種差別撤廃条約
- 法令には守るべき優先順位があります。もっとも上位にあるのは、日本の最高法規である憲法です。次が条約で、その次に国内の法律が位置付けられています。意外かもしれませんが、国内で作った法律よりも、他の国と結んだ条約のほうが重いのです。
- 世界にはこの条約に基づく国内法をもつ国が多い。しかし、日本にはそうした法律がない。
- 日本は、国連の定めた「自由権規約」と「人種差別撤廃条約」に加入している。
- 「人種差別撤廃条約」の正式名称は「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」です。1965年の第20回国連総会で採択され、69年に発効しました。加盟している国は現在175ヵ国を数えます。
- この条約の条文のうち、強調しておきたいのは第二条と第四条です。
- 第二条をわかりやすくいえば「この条約に加入した国は、人種差別を見逃してはならず、廃止するために努力しなければならない」ということです。特に(c)と(d)では、「必要があれば、国内法を整備しなければならない」と定めています。
- 第四条のポイントは、(a)と(b)にあります。つまり、「この条約に加入した国では、人種差別行為や人種差別を助長したり扇動する行為は違法であり、法律で処罰すべき犯罪である」ということです。(a)で言う「扇動」、(b)で言う「宣伝活動」こそ、ヘイトスピーチにあたります。
- この条約に日本が加盟したのは、採択から30年後の1995年です。第四条の(a)と(b)だけ、留保した上での加入でした。「憲法が保障する表現の自由に抵触する恐れがある」というのが、留保の理由です。
- 国連の人種差別撤廃委員会は日本に対して、第四条(a)(b)の留保を撤回した上での国内法の整備を何度も提言しているのです。日本政府はその都度、「我が国に人種差別は存在しない。したがってそんな法律を作る必要はい」と突っぱねてきました。
自由権規約
- 国際的な人権基準である「自由権規約」は、正式名称を「市民的及び政治的権利に関する国際規約」といいます。1966年の第21回国連総会で採択され、現在167ヵ国が加盟しています。日本は1979年に加盟しました。第二十条に差別を禁じる項目があります。
特別永住資格
- 1945年に終戦を迎えたとき、日本国内には約230万人の在日朝鮮人がいました。多くは帰国しましたが、約64万人は日本に残ることを選びました。
- 1952年に、日本政府はこの人たちの国籍をはく奪します。かつては一方的に日本人になれといい、今度はまた一方的に、明日から日本人ではないと通告したのです。
- 在日コリアンは突然「外国人」とされ、安定的な在留資格をもてないまま、長い期間を過ごすことになりました。
- 1991年に入管特例法が制定され、「特別永住資格」が設けられたのです。
デモ
- デモは、新宿警察署に届けを出して、あくまで合法的に行なわれています。
- デモは警視庁が許可するのではない。
- 新宿署から回ってきた申請の書類を、週に一回開かれる東京都公安委員会の会議に回し、許可するかどうかはそこで決められているというのです。
- 東京都公安委員会というのは五人の委員で運営されています。
- デモ申請を認めるのは、実質的には警視庁の警備部長でした。
- 現行法のうち、刑法の脅迫罪や名誉毀損罪で取り締まれないのかということですが、現在の法制度では取り締まることができません。特定の個人や団体でなく「朝鮮人」「韓国人」という不特定の集団に向けられている場合は、処罰できないというのです。
- デモの実施を阻止できない理由も、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保証する」という憲法二十一条があるからです。
「人種差別」規制は「表現の自由」を妨げるのか
- 言論・表現の自由といっても、田島教授と同じように「憲法で保障されている言論や表現の自由は無条件ではない」というのが、憲法学の基本的な理解です。芦部さんが言うように、「マイノリティに対する攻撃言論」など保障の程度が低い言論を明確にすればいいのではないか―と私はそう考えています。
各国の人種差別禁止法
- アメリカ・・・表現の自由は重んじるが、ヘイトクライムは厳しく処罰。アメリカでは、犯罪行為であるヘイトクライム(差別や偏見を動機とする犯罪)と、言論表現だけにとどまるヘイトスピーチを明確に区別しています。
- イギリス・・・ヘイトスピーチ規制でマイノリティの尊厳を守る
- オーストラリア・・・例外を定めて表現の自由を規制
- カナダ・・・刑法でヘイトスピーチを禁止
- ドイツ・・・刑法の「民衆扇動罪(一三〇条)」「侮辱罪」でヘイトスピーチを規制
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