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2013年10月15日 (火)

小倉紀蔵『おれちん 現代的唯我独尊のかたち』朝日新書

「おれさま」+「ぼくちん」=<おれちん>なのである。自己中心的で威張っており、しかも自閉的な人間である。

仲間以外はみな風景。

中国では、異民族が中原を支配すると、やがてどんな異民族でも中華化してしまう。女真族しかり、モンゴルしかり。つまりどんな異民族でも、中華文明に呑まれてしまう。

伝統的・土着的なパターナリズム(父性的干渉主義)とパトリアティズム(愛国主義)

世界の歴史についても何も知らない。彼ら彼女らにとっては、すべてが「あらかじめそこにある」ものなのである。

恒産なき者は恒心なし(孟子)

席を譲るという行為に何らかの倫理的成就感を意識できるような社会をつくってこなかった、日本人全体、<わたし>たち全体の問題なのだ。

東アジアはどこを向いても<おれちん>だらけである。

<アイデンティティ>が社会の構成員の不自由な序列化をはかる概念であるのに対し、<コンセプト>は基本的に、自由競争の概念である。

「美しい国」は、死の匂いがする。

なぜ「美しい国」が「死の国」なのか。それは、「美しい」という価値に政府が介入してきたからだ。何が美しくて何が美しくないかは、国民ひとりひとりが決めることである。

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