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2014年4月

2014年4月26日 (土)

中川善之助他編『読書案内 法学』現代教養文庫

法は法なきを期す。

法とは作出されるものではなくて、生成するもの。人の頭から考え出されたものではなく、社会生活の中から自然に生まれ出たもの。

縦からも横からも、裏からも表からも、ありとあらゆる視角から一つの物体、すなわち紛争を観察するのが法的の観察であり、法的の思考である。

法律の文言だけ拘泥して社会の実態をみない概念法学。

西洋でプロフェッションというのは、神学、法学、医学の三職業を意味した。

刑法、刑訴、民法はフランス法に、民訴、商法はドイツ語に主として倣った。

わが国にとってとくに重要なのは、近世から近代にかけた時期におけるドイツの法思想。

憲法の各条は、誰かの思いつきで書かれたようなものではない。それは、人類の多年にわたる経験を背景として、深い思索のあとを経て到達した思想の上に築かれているものなのである。

労働法は、市民法と異なり、「労」と「使」の対立的関係を規律する法であることから、それぞれの著者の持つ価値観が直接的に労働法理論に反映。

自然法は西欧の法・国家・政治思想には不可欠の概念(思想)である。

憲法の目的がなによりも国家権力を制限することによって人権を擁護すること(立憲主義)にあること、憲法の性格が通常の法律と異なり強度の政治性をもつこと。

コンメンタール(条文注釈書)

わが国憲法第八十一条の起源である著名なマーベリ対マディソン事件等

1789年のフランス人権宣言につき、その淵源がアメリカ諸州の憲法にあることを指摘

紀田順一郎『世界の書物』朝日文庫

自然は一巻の書物であり、神がその著者である(ウィリアム・ハーヴェイ)。

人間は、彼ら自身に似せて神をつくる(オルダス・ハックスリ)。

ドイツ民族には内面的な統一性や原理を、徹底的に探究しようとする傾向があり・・・

『デカメロン』がダンテの『神曲』に対して『人曲』といわれるのは、・・・

十二世紀後半の『デンマーク史』に、ハムレットの物語が出ているという。

ダーウィンは、西欧のキリスト教徒の偽善を鋭く告発している。

蒸気船とメキシコ戦争が、日本開国の直接的誘因となったことは、今日常識となっている。

教育の最大目標の一つは、証拠に対する不断の探求心を生み出させることにある。

万人が読むことを覚えるということは、長期にわたっては、書くことばかりでなく、考えることをも堕落させる。

『資本論』は、人間を徹底的に物質的、集団的、階級的存在としてとらえ、その意味で二十世紀を予見したが、個としての人間存在を全く無視しているのは、一面的かつ偏狭である。

この夢は、「試験に合格した人間に限って現われてくるものであって、これに失敗した者はこの夢を見ない」とされている。

作者が読者を摑むか摑まないかは最初の十ページで決定される。

男のかたが話をしているときには、たといあなたのほうが、その人たちよりたくさん知っていても、横から口を出したりしてはいけません。

『イーリアス』は女を発端とした争いを、『オデュッセイア』は老兵の帰還を描いている。

2014年4月24日 (木)

本日の映画

舟を編む

ジャンゴ 繋がれざる者

ジョンとメリー

反發

グロリア・・・マルクス兄弟の映画、ジョージ・C・スコット

ゆれる

スーパーマン

狼の挽歌

リセット

2014年4月23日 (水)

師岡康子『ヘイト・スピーチとは何か』岩波書店

もともと同条約の名称の原文は「人種差別」race discriminationではなく、「人種的差別」racial discriminationで、条約の名称も「人種的差別撤廃条約」と訳せば誤解が少なかったであろう。

日本における米兵は、②非支配的な立場にあり、の要件を満たさないのでマイノリティとはいえず、米兵に対する非難はヘイト・スピーチにあたらない。

人種差別撤廃委員会は、原則として国籍による差別も同条約の対象となると解釈している(一般的勧告三〇)。

2013年に日本で一挙に広まった「ヘイト・スピーチ」という用語は、ヘイト・クライムという用語とともに1980年代のアメリカで作られ、一般化した意外に新しい用語である。

85年にはヘイト・クライムの調査を国に義務付ける「ヘイト・クライム統計法案」が作成された。これが「ヘイト・クライム」という用語のはじまりと言われている。

ヘイト・クライムもヘイト・スピーチもいずれも人種、民族、性などのマイノリティに対する差別に基づく攻撃を指す。

チャールズ・ローレンス

ブライアン・レヴィン

91年、入管特例法により旧植民地出身者の法的地位が一括して「特別永住者」とされ、一般の外国人に比べて退去強制事由などが緩和されたが、永住権ではなく、退去強制の対象にもなりうる在留資格にすぎない。

マリ・マツダ

国が条約の内容に基本的に賛同し、将来的に条約に拘束される意思を表明する「署名」を経て加盟する場合は「批准」という。

「公共の福祉」とは、他者の人権と自己の人権の調節原理として理解するのが通説である。

2014年4月20日 (日)

経営関連学会協議会『新しい経営学の創造』中央経済社

アメリカやイギリスでは第三者割当増資というものは、基本的にないのです。

ル・シャプリエ法

アソシアシオン法

寡占的な指標で企業をはかるのをやめましょう。これからは多占的な指標を考えていきましょう。多占で栄えて、寡占で滅ぶ。

ドイツ語では、ベトリープス(Betriebs)と言うのですが、経営という概念があります。これはべトライベン(betreiben)という、牛や羊を連れて目的地に連れて行くという概念で、事業を運営するという程度にまず定義しておけばいいのではないかと考えます。

博士論文について言えば、国立国会図書館に置かなければならないという、規則があります。

日沖健『ケースで学ぶ 経営戦略の実践』産業能率大学出版部

アメリカ企業は、〝外部環境の魅力重視〟、つまりまず魅力的な市場・業界に入り込むことを優先する企業が多い。

日本企業は〝組織能力重視〟、つまりまず社内に絶対的な強みを構築することから始める傾向が強い。

〝外部環境の魅力重視〟では短期間で成否がはっきりする。それに対し、組織として能力を構築するには時間がかかるので、強みを中心に事業展開する〝組織能力重視〟は、短期間で明確に成否が決するわけではない。

企業がビジョンを設定する理由は、

  1. 明確なビジョンがあると、それに向かって経営資源を集中的に投入できることである。
  2. ビジョンに共感した従業員など利害関係者から大きな貢献を引き出すことができる。

PPM、シナジーの問題点

横山良和『税理士が知っておきたい50のポイント 会社計算規則』大蔵財務協会

会社計算規則第5条では、「取得価額」と「取得原価」を使い分けて規定しています。取得時の取得原価または製作原価を「取得価額」、取得価額を基礎として算定された価額(減価償却後の帳簿価額など)を「取得原価」としています。

垂水毅『元国税調査官が書く 税金に殺されない経営』かんき出版

調査官は「あるべきものが、あるべきところにない」とき、勘が働く。

「ナサケ」は査察部の内偵調査部門を示し、「ミノリ」は査察部の強制調査実施部門を示す。

国税査察官は国税犯則取締法にもとづいて調査を行い、摘発し、告発する。

国税査察官の調査は、ほとんどが裁判所から令状を受けることが前提であるから・・・

税務調査の情報源の一つとして、「国外送金等調書」がある。

パーマネントトラベラー

税務調査の仕事にも「段取り八分」という言葉はあてまはるのだ。

決算書に見る4点の注目事項

  1. 社長への仮払いの変動が大きい
  2. 社長から会社への借入金に比べて社長の申告所得が低い
  3. 関連会社間の貸借金額が一致していない
  4. 売上の変動に比べて期末棚卸金額の変動が大きい

まず、法人税の調査を行う場合、調査官は、「現物確認調査」を始める。

税金の滞納、新規滞納発生額のうち5割以上が消費税だ。

各国税局には集中電話督促センター(納税コールセンター)という部署が置かれ・・・

トドメは売掛金の差押え!?

債権を残すな!

帳簿としては、じつは次の3種類もあれば十分だ。

  1. 立替金の支払いに関する帳簿
  2. 預金など資金移動のわかる帳簿
  3. 社員に対する給与振込みに関する帳簿

どんな法律も、つねに現実のあと追いである。税法でも同じことで、これは避けられない。・・・税法はいつまでたっても未完成なのだ。

2014年4月19日 (土)

色摩力夫『オルテガ 現代文明論の先駆者』中公新書

哲学を志す以上、カントをマスターしなければ話にならぬ。

いかなる社会も、少数のすぐれた者と多数の大衆から成る。

科学者は大衆人の原型。

西欧社会は、歴史を通じて三回危機に直面した。

ものごとは内部より見なければならない。

15世紀を理解しないと、それ以後に起ったことは何も理解出来ない。

スペイン、ヨーロッパ大陸では初めての国民国家である。

近代文明の本質は、合理主義である。

マキアヴェリが、理想の政治家としてとり上げたのは、フェルナンド王とチェーザレ・ボルジアであった。

まともな解答は、まともな問題から出て来る。実は、答というものは、すでに問いを前提としているものである。

単純化の天才は、デカルトであった。

イエス・キリストは、「極端に単純化する者」であった。

ローマ帝国は、人間を「社会化」するという壮大な企図であった。

歴史にリズムを与えるものは何か。

社会的なものは慣習であり、慣習は社会的なものである。

考えているうちに年をとる。人間は一つのことのみに止まってはいけない。

人生は急ぎである。

哲学の歴史は、古代ギリシャの二人の巨人のすさまじい思想上の格闘から始まる。即ち、エフェソスのヘラクレイトスとエレアのパルメニデスである。

戦争とは、国際紛争解決のための最終手段である。

「紛争は解決せらるべし」ということは、文明の鉄則なのである。

世論は多数派の意見ではない。マジョリティとは法的な擬制に過ぎない。

政治には、原則と呼ばれるものはない。原則とは、幾何学のためにあるものである。

ミラボーこそ「政治家の原型」であるとする。

オルテガは、「国家」と「国民社会」とを峻別する。

2014年4月17日 (木)

長山靖生『偽史冒険世界 カルト本の百年』ちくま文庫

「地震兵器」というのもSFファンなら誰でも知っているテスラの空想の産物だった。

あるがままの日本を否定し、「本当の日本」を求め続けてきたのが、近代の日本というものだった。

あきれたことに、近代日本は妄想の固まりだったのだ。

この本『成吉思汗ハ源義経也』は、日本がアジア大陸をかき乱していく近未来を予測し、というより、こうした来たるべき戦乱への賛美を掲げた、極めて政治的な書物だったのだ。

歴史は、思想なくしては書けない。史観がなければ、客観的な記録に留まってしまう。(塩野七生『わが友マキアヴェッリ』)

2014年4月13日 (日)

大畑伊知郎『決算でわかる! いい会社、やばい会社は「ここ」で見抜く!』ダイヤモンド社

ROEを高める努力をしてもいい会社になれるわけではありません。

現実には、調達源泉である内部留保(利益剰余金)がそっくりそのまま現金や預金として運用されているわけではありません。機械設備や営業活動に必要ないろいろな資産になっているわけです。

「純資産の部」は、元からあった「資本の部」に、新しくできた「株主資本以外の項目」を追加してでき上がった区分です。

利益とキャッシュ・フローが一致しない2つの理由

  • 収益・費用が計上されるタイミングと、現金収入・現金支出のタイミングとの間にズレがある。
  • 損益計算書における利益計算には、現金支出を伴わない費用や、現金収入を伴わない収益が含まれている。

いかに効率性が高くても、売上高や利益の絶対額が小さいと、将来の成長のための投資資金が限られるため、成長には限界がある。

ROEの分子は当期純利益であり、当期純利益は営業外損益や特別損益などによって「お化粧」ができるからです。

損益計算書から、変動費と固定費を推計する方法

内部統制というのは、ある一定のパターンの取引や状況を想定したものであり、想定外の事態には対応できない。

中小企業において、「年商が20億円を超えると社長の目が現場に届かなくなる」と言われていました。

2014年4月12日 (土)

阿部浩己他『戦争の克服』集英社新書

クラウゼヴィッツは、戦争は政治の継続である、と戦争を合目的化した。

政治が、誰が敵であるかを決定する(シュミット)。

戦争は人を殺す。それがすべてである(マイケル・ウォルツァー)。

短い時間のスパンでは戦争は勝ったほうが正義となる。

日本では警察が圧倒的に強い暴力をもっています。

三十年戦争を終結させるウェストファリア条約、この条約が「国際関係」の始まり。

テロリストの側には、停戦協定にサインする主体が不在です。・・・・・そんなペーパーにサインしたところで、ほとんどのテロリストたちは無視するでしょう。

アメリカは最悪のものと最高のものが混交している。

勝者を裁けるかという問題はいまだに克服できない課題。

誤爆で死んだイラクの市民は、「犠牲者」でなく、「被害者」。

インターネットはもともと軍事技術として開発されたもの。

宗教戦争をきっかけに、国民という概念も生まれました。

フランスがなぜ移民国家になったかというと、単にある程度の人口が欲しかったからだと言われています。

戦争の勝敗は、戦場ではなく工場で決まる。

ゲリラって、もともと小戦争という意味のスペイン語。

テロリズムはフランス革命時の恐怖政治が語源。

権力者の側が、政敵や民衆を無差別に投獄したり、処刑した政治形態をテロル。

現在の国際法の起源はカント。

日米安保と憲法は法理上のつながりはありません。

国連の理念を受けた憲法と、アメリカとの軍事協調を約束した安保。

外国の支配や占領、植民地支配を受けた人々が、自分たちの運命は自分たちで決めるんだということを、国際法的に表現したものが民族自決権です。

独裁体制の国に対しては、経済制裁はあまり効果がないんです。

日本人特有の文化だと語られているものが、国民を成立させるために明治期に恣意的につくられたものである場合が多い。

議会と行政府だけでは少数者の利益が守れない。それを守るために必要とされるのが、司法である。

イギリスの場合は、理念よりも打算です。・・・得にならないと思ったら、無責任に引き上げちゃう。

「民間人」のことを国際法上は「文民」

ファシズムはイタリアから出てきましたが・・・

イスラム政権は、理念も何もない無原理主義。

日本国籍でない人が日本に入ってくる場合、まず入国、そして上陸という二段階の手続きを取ります。

憲法九条というのは、自国民に対する約束であると同時に、アジアに対するメッセージでもある。

日本国憲法は純粋な国内法ではなくて、国際法の精神を前提にした、約束なんですよ。

韓国では、民衆に不利な判決をした裁判官のブラックリストをネットで公開します。

孫子の結論は「最良の勝ち方は戦争をしないで勝つことだ」

死刑とは万人が一人を殺すこと(谷川俊太郎)

浅羽通明『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門』ちくま新書

誰もがとっくに無自覚にナショナリズムに染まっている。

なぜ「ネイション」=日本が大事なのかも、合理的に説明するのは不可能である。自分らがそこに生まれ育ち、その地域の文化を身につけてきたという偶然意外に根拠はないからだ。・・・・・無理に理論づけようとすれば、万世一系の皇統とか神州不滅とか単一民族の同質的社会とか超古代文明とかいう神話を呼ぶこむほかない。

明治天皇がロシア皇太子の煙草にマッチで火をつけた瞬間

コミューンというのは、中央政府から独立して住民が直接自治権を主張した地方政府

パトリオティズムとは、「パトリ」すなわち、幼少期よりきわめて自然に形成された郷土への感情である。

江戸期まで、日本人にとって「クニ」といえば、「郷土」「藩」のみを意味していた。

自らが属する共同体として、近代的国家を考える思想、すなわちナショナリズムがわが国で生まれたのは、ペリー提督の黒船来航以後とされている。

松蔭は、水戸学ほかの封建思想から「忠誠」を至上とする価値観を学んだが、彼において「忠誠」とは、藩主にただ仕えるのみならず、時にはその命に逆らい法規に反してでも真の忠誠を決行すべしというラディカルなものだった。

地形的な連続性ある領域は、同じ国家が領有すべきという地政学の論理は、侵略主義者の正当化によく用いられたものだ。

「和魂洋才」、欧米に学ぶのは、あくまで日本の不足を補い、むしろ日本のコア(粋)となるものを忘れず磨くためだという考えだ。

本居宣長は、支那・インド伝来のラジカルな価値体系を、「からごころ」として排斥

江戸国学の背後には、文字に代表される文明を、全て支那から輸入せざるをえなかった極東周縁地域の知識人のコンプレックスがある。

「本居宣長」で子安宣邦は、宣長が日本を肯定するときは必ず、支那という異国が持ち出され、その否定(=「~でない」)による日本肯定という論法が取られる。

ナショナリズムの核ともいうべき「民族」

本宮ひろ志は活字を読まぬ少年たちのための「社会思想家」だった。

戦前の国家観では、明治国家イクォール明治天皇だった。

司馬史観が、エリートしか登場せず庶民がいないと批判・・・・・ただ能力ある男たちを描きたかった。

司馬はインド、支那、朝鮮の停滞を、文化的必然と切り捨てる「偏見」を長く抱いていた。この点も、マルクス(元祖はヘーゲル)の一元史観そのままだろう。

軍事強国にしろ、経済大国にしろ、ともに欧米が出題した試験で見事、一番となった優等生日本の模範答案にすぎないではないか。・・・・・今度は日本が出題者の側に回ったらどうだろう。

記紀神話以来、日本的思考の古層をなすのは「生む」「なる」論理で、「作る」という主体的問いと目的意識性は乏しいという丸山真男の指摘。

日本のナショナリズムは当然、防衛として出発した。すなわち、「収斂型」である。

ナショナリズムとは、コスモポリタンとして生きるのは弱すぎる者たちが必要とする補助具となろうか。

2014年4月11日 (金)

斎藤美奈子『本の本 書評集1994-2007』筑摩書房

与謝野晶子は鉄幹の家の「ばあや」の意地悪な眼におびえる家出人

平安時代には仮名文字が発明

『平家物語』にはブスがいない。

全部フィクションの『源氏』とちがい『平家』は一応史実。

大切なのは役に立ちそうな本であること、読む本ではなく使う本。

朝鮮半島の百済の生まれといわれる憶良。

ポストモダニズムは、ジェンダーや民族の問題を公にし、西欧白人男性中心主義に異議を唱える役割を果たした。

マタイ効果。

身のまわりの日常生活に着目し、あるいはその日常の間尺でものを考えようとする性癖が知性に宿っていったのは、ごく粗っぽく言っておおむね「左翼」の言語空間においてだった。

彼は実際の「左翼」をほとんど知らない。すなわち彼らのいう「サヨク」とは、実体ではない。それは彼ら自身の影、彼らの内面にある<否定したい自分><認めたくない自分>の投影にほかならないのではないか。

男は収入、女は容貌。結婚とはカネとカオの交換。

ヒトラーは菜食主義者で酒もタバコも口にせず、ヒムラーもルドルフ・ヘスも相当な健康オタクだったらしい。

サウジアラビアは、女性の人権がまったく認められていない国。

少女人形は民族の価値観や人間関係が色濃く反映している。

タレをからめて網の上でジュージュー焼くあの「焼肉」は、在日コリアン文化が編み出した偉大な発明品である。

書評は「予習」より「復習」のために読んだほうがおもしろい。

「ヘンゼルとグレーテル」も「白雪姫」も「山椒大夫」も、子どもを捨てる親の側からひっくり返して眺めると、まったくちがったお話が見えてくる。

いままでの経験からいうと、石原委員が貶した作品はだいたいにおいてアタリが多い。

『白鯨』は、鯨をめぐる稀有な博物学の書であり、旧約聖書と密接な関連性をもつ宗教的な書であり、アメリカ史の暗部にふれる政治的なテキスト。

「賃資」「党宣言」「経哲草稿」「ドイデ」

資本論・・・第一巻の第八章から読みはじめなさい。

「マゾヒズム」という語の語源にもなったマゾッホ。

生産関係あるいは階級支配だけで来たマルクス主義経済学

結婚前は目をしっかり開けておけ、結婚後は半目を閉じておけ(ベンジャミン・フランクリン)

2014年4月 9日 (水)

石弘光『国家と財政 ある経済学者の回想』東洋経済新報社

フィスカル・ポリシーの研究から入った私自身

博士論文をビルトイン・スタビライザーでまとめた

日本租税研究協会の創設は、まさにシャウプ税制の副産物であった。

戦後日本においても、シャウプ税制は所得税を中核に据えて税制を発足させた。

ヘイグ=サイモンズの所得の定義による包括所得税

石井淳蔵『寄り添う力 マーケティングをプラグマティズムの視点から』中央経済社

ポランニーの一番の貢献は、暗黙に知る力が世に存在しているということと、それがすべての知識のベースになることを明らかにしたこと。

コミュニケーションとは、当事者が共同で意味を創り出すプロセスにほかならない。

マーケティングも科学です。

マルクスの資本論をベースにした「商業経済論」、新古典派経済学の「取引費用論」。

理論は現状を追認する理解であり、・・・

阿部謹也『自分の中に歴史をよむ』

リチャード・ローティ・・・多様性に対して寛容であり

山口義行『社長の経済学』中経出版

消費税を納める義務を負っているのは消費者ではなく「事業者」。増税分を価格に転嫁すれば消費者が負担することになりますが、そうでなければ実質的には事業者が負担することになります。

行き過ぎた円安は、日本の将来を危うくする。

経済メディアは「株価が上がるニュース」を好む。

富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透する、という「トリクルダウン理論」。

バンカー機能・・・金融機関が借り手企業を育てながら、融資を実行していく。

韓国は「日本がTPPに入ったら自分たちは遅れをとる」と考えたから、いち早くアメリカとFTAを結んだのです。日本も韓国も危機感を煽ってうまく操られたのだとも言えます。

日本が重視すべきは、アメリカより中国、韓国、ロシアだと思っています。

バブル・リレー

本当に難しいのは「ノウハウ(やり方)」ではなく、むしろ「問題意識を持つこと」そのもののほうです。

発展というのは、ヘーゲルがいうように、すでにあるもの、自立した普遍的なものを、特殊なものとして自分のモメント(全体を構成する不可欠な要素)におとしていくことです。ヘーゲルによれば、「発展」とは、自立的に存在していたものを、もっと大きな全体の一部として、1つの構成要素に落とし込んでいくことなのです。

ショウペンハウエル『読書について 他二篇』岩波文庫

いかに多量にかき集めても、自分で考えぬいた知識でなければその価値は疑問で、量では断然見劣りしても、幾度も考えぬいた知識であればその価値ははるかに高い。

読書は自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。

美しい思想も、書きとどめておかなければ完全に忘れられて再現不能となるおそれがあり、最愛の恋人も結婚によってつなぎとめなければ、我々を避けてゆくえも知れず遠ざかる危険がある。

文体は精神のもつ顔つきである。

ドイツ人は、なげやりな文体と服装では抜群の国民。

読書は他人にものを考えてもらうことである。

だから読書の際には、ものを考える苦労がほとんどない。自分で思索する仕事をやめて読書する時、ほっとした気持ちになるのも、そのためである。

多読すればするほど、読まれたものは精神の中に、真の跡をとどめないのである。

良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力には限りがあるからである。

反復は研究の母なり。

精神のための清涼剤としては、ギリシア、ローマの古典の読書にまさるものはない。

ヘーゲルとその弟子たちは、これ見よがしに、万事につけてわざとらしい入念な態度を示すと同時に、勝手気ままに無意味なことを書き並べ、しかも平気で大いに自画自賛につとめた。

カントに続く十九世紀前半のドイツ哲学の完全な無能ぶりは、現在公然たる事実となっている。にもかかわらず、ドイツ人は他国に対して、ドイツ国民の哲学的才能を誇る始末である。

2014年4月 6日 (日)

河本薫『会社を変える分析の力』講談社現代新書

どれだけデータ収集して数値計算しても、問題解明につながらなければ、データ分析とは呼べない。

リコメンデーション機能は、アマゾンの収益に多大な貢献をしています。

田中直毅他『映画で読む二十世紀 この百年の話』朝日文庫

アイデンティティというのは「地方」に属するもの。

地方をすべて中央に統合していくのが日本では近代化。

石油産業は記号産業。

アメリカはそういう非常に難しい問題があることを知っていて、そこをリーガルに、法的に克服してきた歴史をもっている。

結局、革命を必要としたのも、ナチズムを必要としたのも、貧困だということですね。

わが国は隔絶された島国のため、周辺諸国のもっている問題、悩めるアジアの問題をみずからの問題として汲みとる想像力が、よほど心した人でないと刺激されないというところがあって、理解力の差が出てしまうかもしれません。

修道院には神がいないんです。規律しかない。

国父はいても、国母ってあんまり聞いたことがない。

アメリカは1930年代までは「孤立主義」です。

女性の参政権というのはもともとワイオミングがいちばん最初で、西部からはじまったんです。

第一次大戦までのウィーンは、それこそヨーロッパの輝ける文化の中心地。

共産主義の体制が人びとに強いたのは、個人ではない、まず国家があるんだという考え方。

ジャーナリストの武器は冷笑主義、シニシズム。

ナチスというのは「国家社会主義」。国家と社会が「・」(ナカグロ)なしにくっついていた。

ナチスというのは、そもそもドイツ語の国家(ナチオン)と社会主義(ゾチアリスムス)の頭文字をくっつけた略語ですね。

日本は、ドイツの法の考え方に範を求めて、明治憲法の下に、法治主義という法の考え方をとった。

ノーブレス・オブリージュがナチスに対してどんなに無力だったか。

ノーブレス・オブリージュによって人間の品性、社会の品格は保たれるというのは違うんだ、それはシングル・ヒューマン・ビーイングによって担われるんだ。

朝鮮の文化を抹殺するようなかたちで入っていく日本の植民地主義が、朝鮮半島を覆った。

ヤコブレフは旧ソ連の産業の三分の二が軍事産業だと言い切りました。

旧ソ連が何であれほどひどい状況になったのかというと、それは「第三次世界大戦」に負けたからだと思いますね。

アメリカがヴェトナム戦争にあれだけずるずるはまっていった最大の理由は、中国の共産主義が理解できなかったからだと思っています。

アメリカとヴェトナムとの関係正常化ができないでいる最大の理由は、行方不明米兵。

とにかく便器に座っているときは、みんな考える人の姿勢になる(オーデン)。

ノアの方舟が難破したというアララット山。

二十世紀というのは、何に対しても、国家がすべての答えだと言おうとしてきた時代です。国家の優劣を競うことが、あたかもイデオロギーになった。

2014年4月 5日 (土)

神山四郎『歴史入門』講談社現代新書

歴史家はあったことを述べるが、詩人はありうることを述べる。

いまだに「存在とは何か」「真理とは何か」ということについて、万人が納得するような結論を出してはいないのです。

歴史家は不変と個別のあいだを往復する。

近代史学の開祖といわれるランケ。

証拠(おもに遺物とか遺跡)、記録(史料または文書)

歴史の事実というものは歴史家がつくるまでは存在するものではない(カール=ベッカー)

事実を見るまえに歴史家を見よ。歴史家を見るまえにその時代の歴史を見よ(E・H・カー)

歴史とは歴史家と事実のあいだの相互作用の不断の過程である。

二十世紀の社会科学は、どんな思想も芸術も、それを生み出すには生活の背景があって、それは時とところによってちがうから、すべてはその時代のその社会の産物である。

すべての歴史は現在の歴史である。

日本の歴史家は、戦後になって、今まで支配層からばかり見ていた日本の歴史を、庶民の立場から見直そうといいました。

アリストテレス以来、あり方を問うのは論理学の仕事で、本質を問うのは形而上学の仕事であるといわれています。

今のことはすべて過去におこったものであり、また将来もおこるであろう(マルクス=アウレリウス)

ただ何があるということを述べるのではなく、それがどうしてあるのかを述べることなのです。

ポッパーが、歴史学を理論科学ではなくて、「社会工学」であるといっている。

今、歴史学の土台を築くためには、まず、十九世紀以来のさまざまの固定観念をとり払っておくことが必要だと思うのです。

中村忠『会計学風土記』白桃書房

退廃(デカダン)

連結納税制度と呼ぶ。連結財務諸表とは全く関係がない。

ミレニアムとは、ラテン語の千円という言葉に由来。

トヨタ自動車に代表される大量の自社株取得は、会社に資金の余裕があることと株主重視の姿勢を示すものとして注目。

重要なのは、従来わが国の企業ではキャッシュ・フローの意識が驚くほど低かったことである。それだけ余裕があったと見ることもできる。

アメリカの会計基準は実用主義に徹している。財務諸表利用者のニーズに適合する情報を提供するのが会計の任務とされる。これはASOBAT以来一貫して採られている基本方針である。

資本金よりも法的拘束力の弱い資本準備金という制度を残しておくほうが弾力的で便利だからである。

アメリカでは会社法の立法権を州が持っており、連邦会社法はない。しかも州会社法における会計規定は、概して貧弱である。

会計学は19世紀の後半にイギリスで生まれた。

企業の外部者が決算日から3ヵ月も過ぎた後に前年度のキャッシュの増減を見ても、どれほど役に立つか私は疑問を持つからです。

資本金とは別に資本準備金という制度が設けられているのは、会計的な性質は同じでも資本金より法律上の拘束が弱いものを認めることにより弾力性を与えるためである。

2014年4月 3日 (木)

HRインスティテュート『30ポイントで身につく! 「会社の数字を読み解く」技術』PHP

同業他社との比較分析を行なう際には、「額」ではなく、「率」で比べることがポイントです。

化粧品業界は売上高総利益率が高い。

事業戦略、部門の戦略を考えるために、必ず営業利益を見てください。

佐伯啓思『貨幣・欲望・資本主義』新書館

経済学の入り口にはアダム・スミスが立っている。

スミスは重商主義を攻撃した。

「甲に金を払うために乙から金を借りる」ということをつないで行くことによって価値は創造されるのである。ここに金融(ファイナンス)の本質がある。

悪魔が存在しなければ神も存在しない。

キリスト教のあの天才的なちょっかい(ニーチェ)。

イエスを裏切ったのは彼の弟子であり、また逮捕したのはローマ人。

対内道徳と対外道徳の区別にこそユダヤ教の特質がある(ウェーバー)。

ユダヤ人が解放されることによって、ユダヤ人問題は急速に深刻化してくる。

モッブはあらゆる階級脱落者からなる。モッブの中には社会のあらゆる階級が含まれている。モッブはカリカチュアライズされた民衆である(アレント)。・・・彼らもまた、社会から締め出され、国家の保護からも脱落し、政治的には絶えず不満をもち、いかなる階層にも属さない。・・・モッブは、同じ「余計なもの」でありながらも、まだしも国家によって保護されていると彼らが見なしたユダヤ人を憎み攻撃したのであった。

2014年4月 2日 (水)

上田正昭『帰化人 古代国家の成立をめぐって』中公新書

飛鳥文化や天平文化の背景には、彼らのもたらした新技術や新知識が渦まいており、いわゆる「帰化人」の力は、古代日本人の生活に大きなはたらきをおよぼしている。

日本古代の王室や貴族の血脈に、中国や朝鮮の人々がまじわりをもつ事実・・・

高野夫人とは、桓武天皇の母であった高野新笠のことである。

父方の血脈のみならず、母方の恩愛をのべる異例の宣命が出されもしたのである。

桓武天皇が、一方において天智天皇の法をうたいあげ、他方において百済系の血脈につながらう母のいさおをたたえまつるのである。

古代の王朝にあっては、母が天皇の血をうけた皇女の出身でないということは、皇子の即位のひとつの障害になった。

「帰化」の概念の前提には、こうした王化の思想が、前提として存在していたのである。

『古事記』の内容が古い時代に多くの紙数をあて、『日本書紀』が近い時代に重点をおいている。

五経博士というのは、『易経』『詩経』『書経』『春秋』『礼記』、つまり五経にくわしい学者のこと。

538年こそが、わが国に百済から仏教が公につたえられた年であった。

百済とのつながりを無視して飛鳥文化を考えることはできないのである。

山城・大和・摂津・河内・和泉のいわゆる五畿内。

戸田裕陽『賢く納めて得をする税金のヒント65』万来舎

「資料箋」というのは、本当に怖いものです。

徴税コストの面から考えると、マルサは大赤字だそうです。

税引後利益の極大化を図る努力は怠ってはいけません。

社長退職金の額を決める要素として、勤続年数と退職時の給料があります。

代金を回収してこそ売上なり。

業績が落ち込む月を決算期にするのが良策です。

現金支出を伴う節税はやってはいけない。

死亡退職金は、相続財産として相続税が課税されますので、退職所得して所得税や住民税が課税されません。

私の個人的見解では、社長以外の役員はすべて平取締役で、そのすべてが使用人兼務役員でよいような気がします。

中小企業は専務も常務も不要です。

常時使用する現・預金の保有高は、1年間の経費相当分である。一度御社の試算表をご覧になり、会社の現・預金保有高は、1か月経費相当分の何倍であるかをチェックしてみてください。12倍以上あれば合格です。

無借金経営になるためには、会社の自己資本比率が、おおむね70%以上あることが必要です。

回転率を求める算式は、分子がすべて売上になる。

売上に対し、年間8%の純利益(税込み)が目標です。

網野善彦『歴史の中で語られてこなかったこと おんな・子供・老人からの「日本史」』洋泉社

八幡はヤハタとも読みますが、朝鮮半島との関係で出てくる外来集団を指しています。

古代吉備の国は製鉄の技術を持った渡来人の子孫が作った国。

農業、農村を中心にしようとする国家意思が、近世にははっきりと働いています。

歴史学者も民俗学者も、結果的に上から押さえつける方の立場、つまり権力者の意志に即した立場からしか社会を見てなかった。これが決定的ですよ。

柳田さん自身かなりの程度「農業イデオロギー」の世界に取りこまれていた。

古文書学はやはり、学問の王道ですね。

柳田国男や折口信夫も、巫女=女帝論にまでつながるような天皇制のあり方を南島研究からヒントを得て考察してきた。

だいたい財布を実質的に握っているのは昔から女性です。

ギリシャ・ローマ神話では女性の神が非常に強い。

これまでの歴史学は成年男子の歴史だった。

日本に伝統的に存在する「二重構造」です。大御所と将軍、院と天皇、大殿と摂関、得宗と執権の関係ですね。

納戸は、夫婦のセックスをする部屋であると同時に、蔵でもあり・・・

私は、司馬さんのお仕事の中で、明治維新についての評価が高すぎるし、少し甘いのではないかと思っている。

日本の天皇は老人の天皇や幼童の天皇が多い。

子供の世界には、大人と異質のものがある。

私は依然として十四、五世紀に日本社会の歴史の大きな変化が始まったと思っています。

日本国を歪んだ方向にもっていったのが明治政府。

近代日本の朝鮮侵略の原型はやはり、秀吉の朝鮮侵略。

すべてを天皇の名の下にやろうとしたのは秀吉。

「倭」イコール日本人ではないのです。

倭人伝の当時はまだ「日本人」はいません。

明治政府が百姓・水呑をすべて農民にしてしまった。

私はすべての歴史家が通史を書くべきだと思います。

柳田国男のやらないところを押さえようというのが渋沢さんや折口さん。

歴史学には古代・中世・近世・近代・現代の時代区分は厳然としてある。

明治政府の琉球併合まで沖縄、琉球は日本ではなかった。

百姓はもともとヒャクセイと読んで、農民とは一致しない。

取引、手形、切手、為替、仕切。みな中世からの言葉ですね。

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