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2014年4月 5日 (土)

神山四郎『歴史入門』講談社現代新書

歴史家はあったことを述べるが、詩人はありうることを述べる。

いまだに「存在とは何か」「真理とは何か」ということについて、万人が納得するような結論を出してはいないのです。

歴史家は不変と個別のあいだを往復する。

近代史学の開祖といわれるランケ。

証拠(おもに遺物とか遺跡)、記録(史料または文書)

歴史の事実というものは歴史家がつくるまでは存在するものではない(カール=ベッカー)

事実を見るまえに歴史家を見よ。歴史家を見るまえにその時代の歴史を見よ(E・H・カー)

歴史とは歴史家と事実のあいだの相互作用の不断の過程である。

二十世紀の社会科学は、どんな思想も芸術も、それを生み出すには生活の背景があって、それは時とところによってちがうから、すべてはその時代のその社会の産物である。

すべての歴史は現在の歴史である。

日本の歴史家は、戦後になって、今まで支配層からばかり見ていた日本の歴史を、庶民の立場から見直そうといいました。

アリストテレス以来、あり方を問うのは論理学の仕事で、本質を問うのは形而上学の仕事であるといわれています。

今のことはすべて過去におこったものであり、また将来もおこるであろう(マルクス=アウレリウス)

ただ何があるということを述べるのではなく、それがどうしてあるのかを述べることなのです。

ポッパーが、歴史学を理論科学ではなくて、「社会工学」であるといっている。

今、歴史学の土台を築くためには、まず、十九世紀以来のさまざまの固定観念をとり払っておくことが必要だと思うのです。

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