フォト
無料ブログはココログ

amazon

« 北折充隆『迷惑行為はなぜなくならないのか? 「迷惑学」から見た日本社会』光文社新書 | トップページ | 田村圓澄『古代朝鮮と日本仏教』講談社学術文庫 »

2014年5月19日 (月)

網野善彦『歴史としての戦後史学 ある歴史家の証言』洋泉社MC新書

「百姓=農民」という常識の誤りが明白。

津田さんは、「科学」という言葉をほとんど使われないのです。

歴史家はあらゆる心的機能を働かせ、全人格をもって、それをとらえなくてはならない。

学問は知識の蓄積ものでは決してない。いちばん大切なことはその真摯な態度である。

誰によらず、学者であり実業家であり政治家である前にまず人間でなければならない。

ものが要る時にはいらなく、要らない時に大変役に立つのが倉庫の性格。

現在の歴史学の学術用語のほとんどが「横文字」からの翻訳語。

マルクスは自分の考え方をどんどん変えていくんですね。およそ公式とは無縁の人だと思います。

信長にとって天皇の権威は必要なかった。

「日本」という国名が決められたのは7世紀末で、8世紀のごくはじめに初めて中国に対して使われています。

聖徳太子は日本人じゃない。

「起源」は一つではない。

『魏志倭人伝』の倭人と日本人とは違います。

「日本」という国号は畿内の支配層のつけた国号。

汝の道を行け、そして人々の語るにまかせよ!

« 北折充隆『迷惑行為はなぜなくならないのか? 「迷惑学」から見た日本社会』光文社新書 | トップページ | 田村圓澄『古代朝鮮と日本仏教』講談社学術文庫 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 北折充隆『迷惑行為はなぜなくならないのか? 「迷惑学」から見た日本社会』光文社新書 | トップページ | 田村圓澄『古代朝鮮と日本仏教』講談社学術文庫 »

2022年6月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック