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2015年3月 8日 (日)

オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』ちくま学芸文庫

大衆が完全な社会的権力の座に登ったという事実である。

ものごとに驚き、不審を抱くことが理解への第一歩である。

マラルメは、ある優れた音楽家の演奏を聴きに集まった数少ない聴衆を指して、彼らは少数であることによって多数の不在を強調しているのだ、と実に巧みな言葉をはいている。

大衆はいまや、いっさいの非凡なるもの、傑出せるもの、個性的なるもの、特殊な才能をもった選ばれたものを席巻しつつある。すべての人と同じでない者、すべての人と同じ考え方をしない者は締め出される危険にさらされているのである。

今日われわれは、残酷な大衆支配のもとに生きている。

大衆の反逆は、ラテナウが「蛮族の垂直的侵略」と呼んだものとまったく同一のものだからである。

賢者は、自分がつねに愚者になり果てる寸前であることを胆に銘じている。

ばかは死ななければなおらないのであって、ばかには抜け道はないのだ。

わたしは大衆人がばかだといっているのではない。

暴力は野蛮の大憲章なのである。

生とは、文字通りドラマなのである。

われわれは、十九世紀を指導した者たちが犯した最大の罪をふたたび犯さぬよう努めなければならない。

哲学は自己自身が本質的に未確定なものであることを知っており、・・・

わたしが主張したかったのは、十九世紀の文明が自動的に大衆人を生み出した、ということであった。

国家は一つの技術、社会的次元の統治の技術

一つの嘘は百の嘘を生む

自動車は完全にヨーロッパ的な発明品である。

国家はまず、完全に想像力の産物として生まれるものである。

問題は今やヨーロッパにモラルが存在しないということである。

慢心しきったお坊ちゃん

オルテガは、歴史学は文献学ではなく予言の学でもあると言う。

環境は自己の人格の半分を形成する

現代の大衆人は文明世界の中に突如おどり出た未開人であり、「野蛮人」なのである。これが「大衆の反逆」の本質であり、

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