田中克彦『ことばと国家』岩波新書
言語学者が、政治的な顧慮を加えたうえでもなお中国語とは呼べずシナ語と呼ばざるを得ないのは、ことばを国家という政治単位ではなく、民族の単位に従って呼ばねばならないという科学の要求にもとづくものだ。
我々は一人残らず、始めて日本語を学んだのは母からであった。
イタリア中部、ティレニア海にのぞむ西海岸には、ラティウム、今日ではイタリア語でラツィオと呼ばれる地方があるが、この地方にいた一部族の話していた言語を指してラテン語と言った。
ことばがくずれていくのは、それが生きている証拠である。生きていくためには変化しなければんらない。死んだことばは決してくずれず、乱れることがないのである。
歴史的にみれば、話しことばは必ず書きことばに先行している。
ジャルゴンとは、時代によって地域によって用法はちがうが、くずれた下品なことば、ことばと呼ぶにあたいしない、まともでないことばを指すための蔑称であって、・・・
マルクス主義が、民族と国家との問題について具体的に対処しなければならなかったのは、十九世紀の、オーストリア・ハンガリーの多民族複合帝国においてだった。
「くずれたドイツ語」しか使えないユダヤ人には、したがって文化や歴史を作っていく力もないので、かれらは「歴史なき民族」と呼ばれた。
« ジョン・ホーガン『科学の終焉』徳間書店 | トップページ | 大村大次郎『お金の流れでわかる世界の歴史』KADOKAWA »
「読書論」カテゴリの記事
- 物江潤『デマ・陰謀論・カルト スマホ教という宗教』新潮新書(2023.09.06)
- 加地伸行『マスコミ偽善者列伝 建て前を言いつのる人々』飛鳥新社(2023.02.01)
- 久恒啓一編『平成時代の366名言集~歴史に残したい人生が豊かになる一日一言~』日本地域社会研究所(2022.12.02)
- ポール・ジョンソン『インテレクチュアルズ』共同通信社(2022.12.02)
- 猪瀬直樹『言葉の力「作家の視点」で国をつくる』中公新書ラクレ(2022.11.29)
« ジョン・ホーガン『科学の終焉』徳間書店 | トップページ | 大村大次郎『お金の流れでわかる世界の歴史』KADOKAWA »
コメント