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2016年6月

2016年6月27日 (月)

清水勝彦『経営学者の読み方 あなたの会社が理不尽な理由』日経BP社

突き詰めていけば、ビジネスの原点とは、自分(たち)の夢に対して社員や顧客、あるいは投資家をどう巻き込むかという一点に尽きます。

あのフロイトも自分自身を知ることから始めたのです。

専門家であるということは、自分の限界を知っていることだと思います。つまり、専門家であるということは、自分は何ができるけれど何ができないということ、を非常にはっきり言える人のことです。

グローバル化での「自信」とは「いかなる対人関係においても自然にふるまえる」ことなのです。

従来の教育には『教』はあっても『育』がない

「聞く」ではなく「聴く」という感じを河合氏がわざと使っているのは、おそらく英語でhearとlistenの違いのように、単に耳に入るのではなく、よく理解する必要があるということを示唆されているのだと思います。

アイデンティティがはっきりしている人ほど国際化に対応できる(カルロス・ゴーン)。

多くのCEOは「業績が良かったのは自分のおかげ、悪かったのは環境のせい」にするバイアスがあるという有名な研究もあります。

GEでは部長は目標を達成してもそれだけでは評価されません。・・・・・「私がこういう作戦を立て、このようにして業績をあげました」ということが、きちんと言えなくてはならないのです。

優れた技術力を持ちながら業績が上がらない日本企業の多くは、「選択と集中」という言葉の中で、「強みにこだわる」一方、「強みを活かす」ための努力、例えば補完的な資源や能力の開発を怠ってしまったのではないかと思われてなりません。

Businessweekでは、マッキンゼー出身のGMが多くのアナリストたちとともにヒューストン・アストロズを立て直しているという記事が特集されています。

人間の最大の悪、それは「鈍感」である(トルストイ)。

ほめられているうちは半人前と自覚せよ

素振りで大切なのは回数ではない、正しい素振りをしているかである。

その努力は正しい努力か

企業が取り組んでいる問題が、本当に正しい問題か

ハーバード大学のクリステンセン教授も指摘するように、全体を捨て去るのではなく、何は正しくて何はそうでないか、どのような時は正しくどのような時はそうでないかといったコンティンジェンシー的な考え方も重要です。

ミシガン大学の社会心理学の大家、カール・ウァイクがよく引用する、ハンガリー軍がアルプスで遭難したときの話

以前サムスンの取締役を調べたことがありましたが、全員男性、しかも7割くらいはSeoul National Universityの卒業生でした。

日本の経営者・幹部にも考えてほしい質問です。

  1. もしあなたの会社がなくなったら、だれが困るか?それはなぜか?
  2. 同じく、一番困る顧客はだれか?それはなぜか?
  3. どれくらいの時間であなたの会社の代わりとなる企業が現れるだろうか?

経営戦略で大切なのは、その精緻華麗さではなく、どれだけ共有できているかです。

「芸術とは、(見たり、読んだりする人に)『そうそう、それが言いたかったんだ』と思わせること」と言ったのはトルストイですが、・・・

家柄や育ちは侮れない

「家柄のいいボンボン」のほうが何事においても余裕がある、少なくともそのように見えることも確かではないでしょうか。

要は、家柄や育ちという「環境」がもたらす間接的な効用はバカにできないということです。

2016年6月26日 (日)

楠木健『「好き嫌い」と才能』東洋経済新報社

実は、僕の研究の土台はマルクス経済学だからね。(米倉)

スタンフォードでもハーバードでも、「米国のビジネススクールはすごい」とみんなは評価するけれど、本当にすごいのは、そこにある学問的蓄積や世界最高峰の資料ですよ。

加護野「先生は授業でいろんなことを言うけれど、それが正しいことをどうやって証明するのか」。バウアー「筋がいいと思う経営者に話してみて、相手が『I see』と言ったらそれが正しい」

「経営学の知識は、経営者が実践できるだけの説得力を持った知識であるべきであり、『わかった。これでいこう』と思わせる力を持っていなければならない。『よし、それでいこう』という気持ちを起こさせないといけない」

宇野重規『政治哲学的考察 リベラルとソーシャルの間』岩波書店

これまで欧州統合に最も積極的であり、統一欧州を可能なかぎり連邦制に近いものとして構想する傾向をもつのがドイツである。その代表的知識人は言うまでもなく、ユルゲン・ハーバーマスであり、「憲法愛国主義」を説くハーバーマスは、ヨーロッパ諸国民がその国境を越えて、新しい民主的な公共空間を建設することを主張し、将来的には「ヨーロッパの人民」から成る連邦制を視野に入れるべきであるとする。

イギリスの知識人の間には、フランス官僚制に対する根強い警戒感がある。イギリスとフランスの間には、コモン・ローとローマ法の伝統の違いに始まり、地方分権と中央集権、されには自治の重視と行政権の主導に至るまで、ぬぐいがたい政治文化の違いがある。

デモクラシーには、つねに両義性が存在する。デモクラシーとは、一方で諸個人の権利の実現であり、他方で集団的な自治・自律である。デモクラシーとはまさに、集団的な自治の実現を通じて、諸個人の権利のより良き保障を目指したものであり、両側面は不可分であるとされる。

2016年6月20日 (月)

佐藤優『いま生きる「資本論」』新潮社

安倍政権は、究極のポピュリスト政権で、世論調査の数値が政権の安定度に直結する。そして、世論調査の支持率は、株価と連動している。

『愚管抄』の中にグローバリゼーションの議論があります。

ものすごく重要なことは最終的にトートロジーにしかならないのだ、と・・・・ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』できちんと論じられています。

『資本論』の理論のかなりの部分がリカードの理論の引き写しです。リカードの主著であり、マルクスがまさにパクったのは『経済学および課税の原理』という本です。

マルクスの『資本論』の構造を結論から簡単にいうと、こうです。第三巻のいちばん最後、「諸階級」というところで書いていることですが、資本主義社会には三つの階級しかないとマルクスは言っています。労働者と資本家と地主です。

論理が破綻しているけれど、その破綻に気づかれないようにするコツは、接続詞を使わないことなんです。接続詞がないと勢いで読めるから、論理がどうなっているかに気を取られない。

宇野弘蔵の高弟である鎌倉孝夫・・・・・チュチェ思想

稼ぐに追いつく貧乏なし(寅さん)

佐藤優/聞き手・姜尚中『国家のエゴ』新潮新書

キリスト教で神様にあたるのは、父と子と聖霊です。この三者は全部、神様です。

神学論争は侃侃諤諤の末、理屈だけでは解決せずに、最後は必ず、政治が介入してきて一応の決着がつきます。俗にいう「大人の事情」、大人の解決方法です。

戦時国際法とは、戦争をしている国の間で守るべきルールを定めた交戦規則と、戦争をしている国と中立国との関係を定めた中立法規を合わせた呼び名です。

帝国主義国とは、国際社会において、自分たちで秩序をつくることができる強い国家のことを言います。

ペルシャ湾とオマーン湾を分けるのがホルムズ海峡です。海峡を挟んだ南側がオマーンで、対岸はイランです。

「イスラム国」は海軍を持っていませんから、機雷を仕掛けることはできません。どうも政府の答弁を見ていると、イランが機雷を仕掛けると考えているようです。

一色清他『日本の大問題「10年後」を考える―「本と新聞の大学」講義録』集英社新書

マックス・ウェーバーは1919年に行った「職業としての政治」という有名な講演の最後に、「10年後に会いましょう」というような言葉を学生に投げかけています。

私が1979年にドイツにいた時は「ベルリンの壁は1000年続く」と西側のドイツ人は言っていたわけです。

フランスで出生率が上昇しているのは、間違いなく婚外子を認めていることが一因となっています。しかし、これを日本に適用しようとすれば、戸籍制度の問題と必ずぶつかります。

特定秘密保護法は、治安維持法のように日本国内の政治運動を弾圧することを目的とした法律ではありません。特定秘密保護法により近いのは、1937年に抜本改正された軍機保護法です。これは、軍事の技術面の情報を保全するための法律です。それから1941年に成立した国防保安法。これはようするに、日本が戦争をするつもりがあるのかどうか、そうした国家の意思を隠すための法律です。

特定秘密保護法は、ようするにスパイ防止法と言えるでしょう。

2016年6月17日 (金)

別冊宝島編集部編『日本の右翼と左翼がわかる本』宝島社

王党派・保守派は議長から見て右側、急進派は左側に集まりました。このときの議場は扇型をしており、鳥が翼を左右に拡げたごとくでした。ここから左「翼」、右「翼」という表現が起こったのです。

共産党は当初、日本国憲法の軍備放棄を批判していたのです。

大量の人々が、己らの社会を統治する能力も気力もないくせに、権力を欲して、既存の権力を破壊し、そして混沌の極みになったときに、この世を治めてくれる人材がいないのかと嘆いてみせる(オルテガ)。

「反逆」の意味は、己の無能力に反逆し、さも能力があるように見せかける。そういう時代が始まったのが、1930年代だということです。

人が左翼であることは、人が右翼であるのと同じように、人がバカになる早道である(オルテガ)。

人は屋根の上に立つ存在である(ヤスパース)。

2016年6月12日 (日)

友野典男『感情と勘定の経済学』潮出版社

悪徳商法の五つの柱というのは「ちょびっとしんけん」と言われています。「ちょ(儲)」「び(美)」「と(頭)」「しん(信)」「けん(健)」ということで、儲かりますよ、美しくなりますよ、頭が良くなりますよ、信じれば幸福になりますよ、健康になりますよ、という五つです。

共同体原理の内部に、「お金」を持ち込むとそれは市場原理の世界に変わってしまい、一気に共同体という意識が壊れてしまいます。

成果主義の最大のデメリットは、仕事がつまらなくなる心配があることなのです。短期的にはうまく進むかもしれませんが、最後には「仕事が面白いからやる」というモチベーションのほうが勝るようです。

築くは長く、失うは一瞬

2016年6月 4日 (土)

伊丹敬之『創造的論文の書き方』有斐閣

仮説検証型の研究というのは、ある理論に基づいて現実はこうなっているはずだという仮説をつくり、その仮説が現実のデータで支持されるか、ということを検証する研究です。

「プロは舞台裏を見せるな」。自分の作業というのは、あくまで舞台裏。表舞台は結論とそれに必要な論理だけです。

教育のプロセスの成果を表したものがレポートであり、社会の中に新しい知見を加えたというものが論文である。

いい研究のテーマの第二の特徴は、そのテーマの内容を一言で(つまり短い簡潔な表現で)言えることである。

一〇年はもつテーマを博士論文には選ぶように

人はイメージなしにものを考えることはできない(アリストテレス)。

仮説とは、むずかしく表現すれば、概念と概念の間の関係についての命題である。

君の研究のホラはどこにあるのか

2016年6月 3日 (金)

原二郎選訳『モンテーニュ・エセー』筑摩書房

プラトンは、肉体的あるいは人間的な幸福を、健康、美貌、体力、富の順に並べている。

ふにゃふにゃした美少年でなく、生気溢れる逞しい少年に育ててください。

まったくへぼ詩人くらい自信の強い者はない(マルティアリス)。

キケロは、哲学の論文でもっともむずかしいのは序論だと考えている。もしそうなら、私は結論だけにしがみつく。

私は背丈が普通よりも少し低い。この欠点はみっともないばかりでなく、公職にあって命令を下す者にとってはとくに都合が悪い。なぜなら、立派な風采と堂々とした体格の与える権威に欠けるからである。

一軍の先頭に立派な背の高い大将が進んで行くのを見るのは、これに従う味方の者には尊敬を、敵には恐怖を感じさせるからだ。

女というものはどんなに不器量に生まれついても、自分をきわめて魅力的だと思わない者はないからだ。

何もかも完全に美しい女がいないと同じように、何もかも完全に醜い女もいない。

ソクラテスは妻をめとるのとめとらないのとでは、どちらがいいかときかれて、「どちらにしたって後悔するだろう」と答えた。

プラトンも言うように、国家とは強力な、崩壊しがたいものである。

われわれのもっている意見のほとんどすべては、権威とそれへの盲信から得られたものである。

始めがうまくいけば、ものの半分は成功したのだと、ギリシャの賢者もそういっている。

自分の文章は自分の肉体だ、自分自身だ

モンテーニュは物事をけっして抽象しない。

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