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2016年8月21日 (日)

岡田暁生『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』中公新書

川柳を持ち出すまでもなく、パロディとはある文化が爛熟した時期に生まれるものであるが、・・・

ホイジンガが『中世の秋』で描いた一四世紀は、絶望的な時代だった。

マックス・ウェーバーが指摘したことでも知られるように、万事派手好みのカトリックとは対照的に、プロテスタント文化は虚飾を嫌い、控え目で内面的なものを求める傾向があった。

美術でいえば、バロックにおけるカトリック文化とプロテスタント文化の違いは、ベルギーのルーベンスとオランダのレンブラントの作風を比べれば、一目瞭然だろう。

ルター以来の伝統として、プロテスタントにおいては「音楽は神への捧げものである」という考え方が強かった。

ヴィスコンティの映画『イノセント』の冒頭では、社交界のパーティーでリストの《エステ荘の噴水》やショパンの《子守唄》といったサロン音楽が弾かれる場面が現れる。

カントは音楽のことを「単なる快楽」としか考えていなかったし、・・・・・ところがショーペンハウアーとキルケゴール以後の哲学者たちは、諸芸術の中で音楽に最も高い地位を与えるようになる。

常緑樹(エヴァーグリーン)

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