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2016年10月 8日 (土)

鹿島茂『悪の引用句辞典』中公新書

ジンメルによれば、人間というのは、問題にはすぐに到達できるが、解決にはすぐに到達し得ないのを本質とする存在だという。

 

叱るよりも、優しくしているほうがはるかに楽だからである。

 

大衆は単純であり、単純なことしか理解しない。

 

賢い敵は恐ろしくない。本当に怖いのは愚かな味方だ。

 

真のエリート教育とは、エリート教育を馬鹿にすることができる総合的エリートを育てることにほかならない。

 

フロベール研究には『ゴンクールの日記』が必読文献といわれる。

 

学生というのは、無知蒙昧なくせに、教師に対する識別力だけはもっている。つまり、これはたんにテクニックしか伝授できない教習員か、教養と学識に裏打ちされた本当の学者かということを瞬時に見分けてしまうのである。

 

かつての学生の心の中に最後まで残るのは、決して「教えられたこと」ではない。「あの先生は偉かった」という「恩師」のイメージである。

 

生涯の伴侶を選ぶときには、「好きなもの」が一致する人よりも、「嫌いなもの」が一致する人を選べと勧めているのだ。

 

マルクス&エンゲルスの功罪はさまざまにあるが、その「罪」の一つは、サン=シモンとフーリエの思想を「空想社会主義」と総括してしまったことだろう。

 

 

 

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