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2018年11月

2018年11月26日 (月)

ナンシー・デュアルテ『ザ・プレゼンテーション 人を動かすストーリーテリングの技法』ダイヤモンド社

プレゼンテーションの目的は変化を起こすこと。

プレゼンテーションの締めくくりに、ザンダーは、自分の仕事は人々の中に眠る可能性を目覚めさせることだ、このことに気づいて人生が変わったと話します。「では、それがうまくいったかどうか、どうすればわかるでしょう? 相手の目を見つめるのです。相手の目が輝いていたら、うまくいったことがわかります」。

プレゼンテーションの準備をする際は、聴衆をひとかたまりの集団とは考えず、あなたと1対1で会話をするのを待っている個人の集まりだと考えてください。聴衆ひとりひとりが「このプレゼンターは自分と個別に接してくれている」と感じられるように。・・・・・一案として、聴衆の中でも特に聴いてほしい人に的を絞り、その人との1対1の会話のようにメッセージを組み立てるのもいいでしょう。

気をつけないといけないのは、あなたに対する第一印象の一部は、あなたが登場する前からすでにできあがっているということ。

人が一度に処理できるメッセージはひとつだけです。聴衆はあなたの話を聴くか、スライドを読むかのどちらかです。両方はできないのです。

リハーサルのうえにリハーサルを重ねましょう。そして本番が終わったら、まわりにフィードバックを求めてください。

大森信『掃除と経営 歴史と理論から「効用」を読み解く』光文社新書

本来の仕事でないものにこそ、その企業や人間の本質が顕著に表れることが少なくない。

米国型の経営理論や手法には、事前合理性、目的志向性、効率性を重視するという特徴がある。事前に目的を明確にして、それを可能な限り効率的に追求することが合理的とする理論や手法である。

どんなに才能があっても、傲慢な人は人を幸せにすることができません。

自分が謙虚になると、自分と接する周囲の人々の反応も自然に変わってきます。いままで挨拶もしなかったような人が、挨拶をしてくださるようになります。

ウェーバーは、商売熱心な地域でなく、宗教熱心な地域から近代資本主義が始まったことを指摘した。

ウェーバーは近代資本主義という合理性の塊のようなシステムが、プロテスタントという宗教が盛んな国、すなわち宗教という何とも合理的とは呼べないものを熱心に信じる国から発生してきたことに注目していた。つまり、合理的な資本主義の成立には、非合理的ともいえるような宗教の教えに基づいた献身的な職業労働が不可欠であったことの指摘だった。

ハイエクは、特に社会主義の計画経済の崩壊が、人間の合理性、特に少数の特定者の計画に過度に依存していたこと、すなわち事前合理性や目的性に偏重した「致命的な思いあがり」に原因があったことを繰り返し指摘する。

2018年11月14日 (水)

仲正昌樹『ハイデガー哲学入門―『存在と時間』を読む』講談社現代新書

ハイデガーの哲学的探求のほぼ全ては、伝統的な「存在論」を深く掘り返し、そこから、新たな「存在論」の可能性を引き出すことに捧げられた、と言ってもよい。

ハイデガーに対する評価は、その人が、言語をどのように捉えているかに大きく左右される。

デカルト主義から距離を取るために、ハイデガーが利用するのが「現存在Dasein」という概念である。

「被投性」と「投企」の相関関係の叙述にこそ、ハイデガーの哲学が、現状を変えようという情熱を持った若者たちを惹きつけたカギがあるように思われる。

西欧文化圏には、自らの死後の生を思うことで、現世での生活を悔い改めるように促す「メメント・モリ(死を記憶せよ)Mementomori.」というラテン語の警句があり、・・・・・

仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』講談社現代新書

アーレントは、そういう思考停止したままの「同調」が、「政治」を根底から掘り崩してしまい、ナチズムや旧ソ連のスターリン主義のような「全体主義」に繋がるとして警鐘を鳴らし続けた。

アーレントは、一つの世界観によって、不安に駆られた大衆を何らかの理想へと「導く」かのような姿勢を見せる政党を、マックス・ウェーバーに倣って「世界観政党」と呼び、その典型がナチスやボリシェヴィキ(ソ連共産党)だとしている。

「考える主体」であることを放棄して、自分たちの代わりに考えてくれる「指導者」を求めているということである。

「全体主義」という言葉は、もともと1920年代にイタリアのファシズム運動の理論家たちによって、自分たちの目指す、脱個人主義的で、国民全体を統合し導いていける国家の特徴としてポジティヴな意味で用いられ始めた。

彼女はそこに、「同一性」を求める国民という集団が、自分たちの身近に「異質なる者」を見出し、「仲間」から排除することによって、求心力を高めていこうとする「自/他」の弁証法のメカニズムを見る。

「帝国主義」というのは、一応の政治的統一を遂げ、資本主義的に経済を発展させるようになった西欧の国民国家が、工業製品の原材料の産地と製品の市場を求めて、アフリカやアジアの諸国を植民地化するようになること、そして植民地獲得のために互いに争うようになることを指す。ナショナリズム競争が世界的に拡散する現象と考えてもよい。

「帝国empire」というのは、古代ローマ帝国のように、多民族・多宗教からなる広大な地域を一人の元首が統治する国家形態を指す。

スターリン主義のソ連は、(ユダヤ系の富農の子として生まれた)トロツキー等の党内反動分子による反革命の世界的陰謀という物語を利用して、党内・国内の粛清を正当化した。

ナチスやソ連共産党は、大衆が見たいように現実を見させてくれる物語を提供し、彼らを組織化することに成功した。

2018年11月 1日 (木)

唐津一『かけひきの科学 情報をいかに使うか』PHP新書

みんなが、どのようにいえばよいか口をモグモグさせているときに、ズバリとその本質を説明してくれる人がいる。それが天才である。

あることが起きていても、そのことについての情報を手に入れるまでは、そのことがなかったのと同じ状態にあるということだ。いい換えれば、情報とは、それが到着、あるいはそれを入手したとたん、環境を一変させる力をもつ。

じつは情報量というものは、私たちの「予測」をどのくらい変えるのかという点ではかることが大切なのである。

ある映画監督は、画面は同じでも、ナレーションひとつで観客の印象を大きく変えることができるといった。

「君にだけ聞いているのだ」という態度で接すると、相手は熱心に調べて報告する。

私の話はわかりやすいといわれる。・・・・・もしわかりやすいと感じてもらえるなら、それはかならず最後にまとめを行うからだろう。「今日はこういう話をした」「ここのところが大事です」という話をすると、視聴者はもうわかったような気がするのである。

単に「利益を上げよう」では、何をやるべきなのかが曖昧になる。・・・・・評価の尺度を明確化することが何よりも必要なことなのだ。

アメリカは現実主義的で、情勢が変われば一八〇度態度を変えることができる国だともいえる。

人間は本能的に憶病であり、危険を過大に見積もる。

動機の不純なものはかならず失敗するということだ。

土地の価格は交通手段で決まる。

ギリシャ語で舵をとる人という意味のキベルネティクスという言葉から、「サイバネティクス」と名づけられた。

物事はすべて数値化できる。

戦略というものの本質をよくつかむ必要がある。それは、つねに人が相手だということである。

経営とは結果であって、理屈ではないのである。

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