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2019年8月

2019年8月28日 (水)

川上哲治『悪の管理学 かわいい部下を最大限に鍛える』KAPPA BUSINESS

組織のリーダーには、もともと〝善〟も〝悪〟もない。問題は結果であり、成績なのだ。

選手の能力、自信のもちぐあい、性格、気質に応じた指導、助言、教育をすることがたいせつである。

選手というものは監督のもつ、かつての選手としての実績に対しては、絶対の信頼をおくからである。すでに信頼をかちえているほうが、監督としてはるかに仕事がしやすい。

天才は、そのままでは管理職になれないのだ。

副社長のつぎは社長だが、その間はとてつもなく開いている。

ユニホームは、私情をまじえさせない強力な薬なのである。

2019年8月27日 (火)

田中弘『国際会計基準の着地点-田中弘が語るIFRSの真相-』税務経理協会

IFRSは、会社の「即時清算価値」、つまり、どこかの会社を買収するときの「買取価格」を計算するものです。

IFRSは、連結財務諸表に適用するために開発された基準です。

連結も単体もIFRSで対応しているのはイタリアなどの少数の国だけであり、ほとんどの国は連結にIFRSを適用していても個別財務諸表(単体とも言います)には自国の会計基準を適用しているのです。

「金づくり」の会計(IFRS)は、「ものづくり」の会計に適さないのです。

日本企業が・・・内部留保してきたのは、一つには研究開発のための資金を用意するためだったのです。もう1つは、不測の事態に備えるためなんです。

プロテスタントでなかった人はたった一人しかいない。ケネディ大統領です。

「国際会計基準」・・・・・中身は実はヨーロッパ基準です。

日本もアメリカも細かいルールを決めて決算をやるので原則主義的な考え方ではありません。

国際会計基準は、もともとはIASという名称でしたが、イギリスが主導するようになってイギリスの会計基準の名称であるFRS(財務報告基準)を使ってIFRSにしました。

世界の会計というのは、イギリスで生まれてアメリカで育って日本に伝播した来た会計です。

ドイツはコンツェルンの国でどちらかと言うと、コンツェルン企業グループの中で資金やものを効率的に運用するための会計です。今でいうと管理会計に近い会計が行われています。

フランスの会計は国家会計です。国が計画している経済計画に必要な情報を出させる会計。プラン・コンタブルと言っていますけれども、非常に画一的な会計をやっています。よく「大統領のための会計だ」とおっしゃる方もいます。

アメリカにしてみたら、ヨーロッパを疲弊したままに放置すればソ連によって共産化されてしまう。それを恐れたアメリカは、マーシャル・プランという名の欧州復興計画を立てて、ヨーロッパの救済に走ります。

イギリスはもともと細かいことを決めない国で、慣習に委ねるというところが非常に強い国なんですね。

包括利益は・・・・・実現した利益ではありません。IFRSではキャッシュ・フローの裏付けがなくても分配が可能でなくても、観念的に利益が生まれた、儲けたと言えるものを利益として報告しようとしています。

2019年8月18日 (日)

高田直芳『財務諸表読解入門 企業の経営戦略を決算書から見抜く IFRS対応』日本実業出版社

会社法は、将来株主を利害関係者とみなしていません。

最も重要なのは、キャッシュフローには「現金収入」と「現金支出」の2種類しかないことです。

キャッシュフローは現金支出か現金収入のどちらかしかないのですから、売掛金の回収を現金収入とするならば、売掛金の発生は現金支出になるのです。

現在の貸借対照表は「当期純利益」が隠されてしまっているのが弱点です。

包括利益の存在によって、益出し効果は封印されます。

当期純利益までに限っていえば、益出し操作は有効です。ところが、包括利益までになると、益出しは当期の上昇分しか反映されないことがわかります。

財務活動キャッシュフローには、1年基準は適用されません。短期も長期も十把一絡げ。八方美人で時間軸の概念を持たないのが、財務活動キャッシュフローの問題点です。

松本佐保『熱狂する「神の国」アメリカ 大統領とキリスト教』文春新書

プロテスタントはいくつもの宗派に分裂しているため、アメリカ国内の宗派としては、カトリックが最大規模であり、また最大の浮動票で、カトリックを制する者が大統領選で勝利するとまでいわれている。

カトリックはプロテスタントに比べると聖書をそれほど重視しない。

カトリックにはローマ教皇を頂点とする高度に組織化されたグローバルなネットワークがあるからだ。

プロテスタントの教えは万人が司祭になれるというもので、誰でも聖書を手に取り、読むことができる聖書中心主義である。

ユダヤ人はキリストを預言者とは認めたが、救い主とは認めていないという点がある。

 

2019年8月16日 (金)

菊池章太『悪魔という救い』朝日新書

メソジストというのは十八世紀に英国国教会から分派したプロテスタントの一派である。聖書のメソッドに従うというのが名称の由来である。・・・・・日曜学校の本家本元である。

カトリック教会はもちろん悪魔の存在を認めている。

人は無意識のうちに「異質な他者」を排除しようとする。

悪魔とは神にさからって堕落した天使である。

宗教改革への反動から生れたものにイエズス会がある。

『カテキズム』によれば、その拒絶のしかたは徹底的であって、もはや撤回はできないという。悪魔には悔い改めの余地すら与えられていない。

悪魔に必要もないことを聞いてはならず、これを祓うのに不可欠なことのみを問うべきだという。その第一にあげるべきは名を問うことである。何匹の悪魔が憑いていたとしても、その中心となるのはつねに一匹であり、まずそのものの名を問わねばならない。

悪魔は精神的な存在であって実体を持たない。「悪」を具現化するために、それをやどらせる実体をしばしば悪魔は要求する。

カトリック教会にはマリアさまの像が立っている。プロテスタント教会にはそれがない。

2019年8月13日 (火)

島田裕巳『キリスト教入門』扶桑社新書

神は、貧しい者や同胞から利子を取ってはならないとしているのであって、外国人から利子を取ることは認めています。・・・・・ユダヤ人がキリスト教徒から利子を取ることは認められます。

イスラム教のムハンマドは最後の預言者とはされましたが、イエスのように救世主ではありません。

プロテスタントは宗教改革を経てカトリック教会と決別してしまいましたから、・・・・・

最後の審判が間近に迫っているということは、新約聖書全体の前提です。

イスラム教にとってのエルサレムは、預言者ムハンマドが天馬に乗って一夜にして天に昇った岩があるところで、そこには岩のドームが建てられています。

無神論を唱える人間は、周囲の人建ていが空気のように思っている神の存在を真っ向から否定するわけですから、かなり意志が強く、・・・

カトリックの世界では、今でも悪魔が憑くという現象があると信じられていて、・・・・・

キリスト教は、神のメッセージである「福音」を伝えることを大きな目的にしている宗教で、・・・

2019年8月 9日 (金)

木山泰嗣『弁護士が書いた究極の文章術 誤解なく読み手に伝える書き方のヒント28』法学書院

人はつねに予測して行動している。

読み手は、あなたが書いた「接続詞」や「論理の流れ」をみて、次にくる文章を予測しながら読んでいます。・・・・・この読み手の予測どおりに文章を書くこと。

一文が長いと主語と述語の関係が不明瞭になるからです。

検察官が書く文章では、条文数に「第」をつけます。

判例法の国では、過去に裁判所が示した判決が法律と同じ効力をもちます。英米法の考え方がこれにあたります。

僕が読むということは、繰りかえして読むことだ(安岡章太郎)。

 

2019年8月 7日 (水)

フリーク・ヴァーミューレン『ヤバい経営学 世界のビジネスで行われている不都合な真実』東洋経済新報社

真似をした競合他社の戦略がそもそもダメだということもある。

真似の連鎖反応は実に性質が悪い。

誰もがその慣習に「なんとなく」従い、なぜその慣習が存在しているのかを考えることはない。不思議な慣習は、誰も変えようとしないまま生き続けている。そして、そのような「不思議なところ」に新しいビジネスの種が転がっていたりする。

自分たちが間違った方向に向かって進んでいることに気づいても、誰もそれを口に出さなければ、行き詰まるまでみんなでその現状を維持してしまうのだ。

お金で買うことができず、生み出すために多くの時間と労力が必要となり、数字として見えづらいものが、他者との違いを生み出すことが多い。

より良いアイディアとは、どこからともなくやって来るのだ。

買収を考える経営者は、買収対象企業にいる無能な経営者を追い出して、自分が買収して経営したほうが、大きな価値を生み出せると考えている。

うまくいっている企業では、成功しているビジネスに集中するのは一般的な戦略だ。・・・・・一つの事業への集中は成功の原因ではなくて、結果なのだ。

関係があることと、因果関係があることは異なる。

施策はすぐに効果を生むが、その副作用はしばらく後に現れてくる。そのため、経営者は副作用を甘く見てしまったり、全く副作用に気がつかなかったりする。

優れたイノベーションは偶然に発見されることが多い。

「複製」することのポイントは、地域の特性に合わせることではなく、むしろ初めは合わせないことだ。地元の状況に完全に合わせることなんてしなくてよい。注意深くゆっくりと、あとから変えていけばよい。まずは完全にコピーし、なんとか地域でも受け入れられるくらいにはうまくやり、それからゆっくりと変化を加えていく。

2019年8月 6日 (火)

梅沢富美男『正論 人には守るべき真っ当なルールがある』ぴあ

「何があっても、ハイと言え」は、社会を学ぶ上での哲学である。一見、頭ごなしに聞こえるものの、まずは素直に従ってみて、はじめて見えてくるものがある。

24時間中23時間、必死に稽古しても、最後の1時間、つまり舞台で失敗したらおしまい。

明確な目標は、人を育てる近道となる。抽象的な目標を押し付けたところで、人は前に進むことなどできない。

客の入らない芝居なんて芝居じゃない。

主役は脇役の人間に上手に喰われなければ、いい主役とはいえない。きちんと自分の見せ場があるのだから、ほかの人にもいいところを上手に譲る。

芝居を面白くするのも、つまらなくするのも三枚目役にかかっている。

ライバルの不幸を常に願ってばかりいるような人間は、結局は大きくなれない。最後は自分自身との闘いでしかないからだ。

セリフは頭だけで覚えるだけではダメ、心で理解して腹の底から出てこないと、お客さんの魂を揺さぶることはできない。

人気商売において、「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」である。ランクインしていない人は、関心を寄せられていないということだ。

島田裕巳『「日本人の神」入門 神道の歴史を読み解く』講談社現代新書

伊勢神宮には天照大神が祀られ、天照大神は皇祖神と見なされている。

天照大神以上に、皇祖神としての信仰を集めた神がいた。その神は八幡神である。八幡神は最初渡来人が祀っていたにもかかわらず、応神天皇と習合することで、第二の皇祖神の立場を確立した。

一神教の世界では、神を祀るという行為があり得ないのに対して、多神教の世界では、それが十分に可能なのである。

アッラーの場合には、預言者ムハンマドにメッセージを下したとされるが、直接彼の前に現れたわけではない。現れたのは天使ジプリールであり、天使が神のメッセージを伝えたのである。

カアバ神殿は、預言者ムハンマドが現れる以前からあったもので、当時そこには、それぞれの部族が祀る多数の神々が祀られていた。

ムハンマドは、偶像をことごとく破壊してしまい、それ以降、カアバ神殿のなかには何もなくなった。ただ、大きな絨毯によって覆われているだけである。

モスクが都合がいいのは、メッカの方角がはっきりとしているからである。

シナゴーグの建築様式は多様だが、建物は、全体が聖地であるエルサレムの方角を向こうに建てなければならないとされている。

岩や石は、他の国や民族においても、信仰の対象になっている。

崇神天皇については、実在の可能性があるもっとも古い天皇という説もあるが、・・・

明治天皇の前に伊勢神宮に参拝した可能性があるのが、持統天皇である。

一神教の神が遍在するのに対して、日本の神々は必ずや特定の場所結びつけられている。

中国では、腐敗した王朝を打倒することを正当化する「易姓革命」という考え方があり、・・・

 

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