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哲学

2018年4月11日 (水)

羽入佐和子『自分が自分であるために 哲学から思考のレシピのヒント』Discover

ほかの人はどう考えるかを確かめるのです。

「命題」とは、真偽の判断の対象となりうる文のことをいいます。

命題は、分析的と総合的との二つに分けられ、・・・

マックス・シェーラーは、分割不可能で、持続性があり、それなくしてはいかなる価値も損なわれてしまうような価値をもっとも高い価値と考えました。

少なくとも「ふつう」という名のモンスターには注意しないと、と思います。

2018年2月25日 (日)

小倉紀蔵『新しい論語』ちくま新書

『論語』の世界観には、<アニミズム>が色濃く宿っている。

孔子の世界観というのは、孟子とは異なり、性(人間性)と天(超越性、命とも)を容易に結びつけない。つまり超越しない。むしろ人のしゃべり方や顔色、鳥獣の鳴き声、さまざまなもののたたずまいや動き方などを重視し、形容詞を大切にした。

日本の近代は、『孟子』的世界観の日本化だったということができる。

八百万というのは「すべて」という意味ではなく、「かぎりなくたくさん」という意味である。

私の考えでは、孔子はシャーマニズムよりもむしろ<アニミズム>により近い思想家だったのである。

中国や朝鮮では、朱子学以降、『論語』を『孟子』的に、つまり<汎霊論>的に読み替えた。

『論語』においてもっとも重要な概念は仁

孔子が仁を定義しなかった

落語やお笑いの世界でもっとも大切なのは「何をいうか」ではなく「いついうか」だといわれる。

キリスト教では、親からもらった肉体的生命ではなく、神が与えてくれる霊のいのちこそが永遠に生きるのだ、と教える。

俳句は、絶対に心をうたってはならない。

小川仁志『7日間で突然頭がよくなる本』PHP研究所

いつの時代も、頭がよい人間だけが得をしてきました。

カントは現象と物自体という二つの次元で物事を認識すべきことを訴えました。つまり、人間に認識できる世界とそうではない世界があると主張したのです。

アドルノが否定弁証法という概念を掲げ、物事を一つにまとめようとする弁証法に抗して、差異を差異のままに生かそうとする思想を提起しました。

人間は死という人間の有限性に気づいたときにはじめて、時間というものに自覚的になり、未来を見据えて積極的に生きるようになります。このように把握された時間こそが根源的時間です。

普遍化するためには、抽象的に表現する必要があります。

「抽象」の反対語である具体的なものは、内容はわかりやすいかもしれませんが、その分本質がぼやけてしまうのです。

2018年2月 8日 (木)

宇野重規『保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで』中公新書

保守主義の思想は、楽天的な進歩主義を批判するものとして生まれ、発展していった。

革命とは、すべてを更地にして、その上に理想的な政治制度を、一から作り直そうとする試みである。

「保守主義」という言葉が使われるようになったのは、十九世紀初頭のことである。

悪政かどうかを判断するに際して、人々が感覚的に間違えることはほとんどないとバークはいう。人々が「この政治はおかしい」と肌で感じるとき、その感覚は正しいことがほとんどなのである。

多くの異なる言葉が出会い、互いを認め合い、そして同化することを求めないのが会話の本質である。

2017年12月 6日 (水)

中村うさぎ・佐藤優『死を笑う うさぎとまさると生と死と』毎日新聞社

痛みは人格を変えますから。

将棋は死んだ駒も再び使えるじゃないですか?チェスは死んだら終わりですけど、・・・

科学者にとって197回と200回は違うんですよ。

キリスト教は、ギリシア思想という本来は異質なものと結婚しているんです。

江戸時代の切腹は、実際は竹光で腹を触るだけですからね。

男らしさ・女らしさという幻想に一番強くとらわれているのが、実はゲイなんですね。

直観というのは、過去のさまざまなものの積み重ねですよね?

ペストはユダヤ人虐殺の大きな要因にもなったんです。

2017年11月 8日 (水)

蓮實重彦・柄谷行人『闘争のエチカ』河出文庫

構造主義がカント主義だといわれるのは、無理もありません。

ヘーゲルは、カントが同一性にとどまることを批判し、弁証法を導入しました。

マルクスが『資本論』の序文で、自分は社会主義者の資料を一つも使っていない、全部ブルジョア側の資料を使っているという。

日本浪漫派とはむしろ三島のようなものだと考えるべきです。

小林秀雄が、批評とは他人をダシにして自分を語ることだといった。

『論語』を読んだときに思うのは、一つの一貫した理論や物語を作れないということです。

フーコーがエイズで死んだけれども、彼の最後の問題は、倫理の問題でした。

ウィトゲンシュタインが世界は物からできているのではなくて、事実からできている、という言い方をしているわけですね。

カントの批判というのは、領域の区別、あるいは裁判所の審級の区別ですね。

フーコーにしてもデリダにしても、ある意味でサルトル的ですね。

ヘーゲルの哲学は、全体が論理学です。そこでは、哲学史、あるいは歴史から、固有名が消されます。

イエスは、自分は平和をもたらしにきたのではない、闘争をもたらしにきたのだといいました。

二十世紀とはいろいろな批判にもかかわらず結局のところ、やはり「自然主義」と「私小説」の時代だったことは認めなければならない。

2017年9月16日 (土)

竹田青嗣『世界という背理 小林秀雄と吉本隆明』講談社学術文庫

フローベールはモーパッサンに「世に一つとして同じ樹はない石はない」と教えた。これは自然の無限、豊富さを尊敬せよということだが、・・・・・

「私は懐疑派ではない」とデカルトは言っている。懐疑派はただ疑うためにのみ論議をはじめるだけだと。

「他人をダシにして」自分自身を語ることを批評の本道とみなした小林の批評の道にとって、・・・

秋成の議論の眼目は、学者としての宣長がはじめから「皇国を万国の上に置」いて「日本魂」を強調することの偏りに、反省を促すところにあった。

小林は・・・・・「源氏物語」から「物のあはれを知る心」を読みとった宣長の視線をとおして、・・・

「物のあはれ」という中心テーマには芸術上の美の本質を照らすものが含まれており、しかも紫式部はそのことを極めて明瞭に自覚していた〝思想家〟でもあった。

小林はむしろ、美の根拠は人間の生活の中での情(こころ)の動き以外にはどこにもないと、大胆に言い切っている。

宗教の発想の核心は、・・・・・〝信ずるものは救われる〟ということに尽きる。

2017年7月21日 (金)

熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』岩波新書

哲学の起源はふつう、ギリシア本土から見て東方にあたるエーゲ海対岸のイオニアと、現在の地理的表象にそくして語るならば南イタリアに位置する、ギリシアの植民都市の双方にもとめられる。

タレスが偉大なのは、世界すべての原理はなにかという、かつてない問いを発したこと自体にある。

輪廻をめぐる思考は、オルフェウスの教えのうちにすでにふくまれている。

カントによれば、世界は有限でも無限でもないからである。

デモクリトスとエピクロスの「差異」に注目したのは、学位論文を執筆した若きマルクスであった。

ソクラテスがしたがう「神」は、なぜか単数形である。

教えることで報酬をとった最初の人間が、プロタゴラスであるむねを、プラトンが証言している。

クサンティッペが悪妻であったのは、たぶんない。ソクラテスが好色かつ酒好きな道楽者で、無能のひとだったのである。

アレクサンドロスは、もしじぶんが大王でなければ、ディオゲネスであることを望んだであろうと語ったといわれる。

哲学史は確実に哲学そのものです。テクストとともに思考を継続することなしに、それぞれの哲学者が考えたこと(思想)を理解することは不可能であるからです。

2017年1月31日 (火)

高橋昌一郎『知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性』講談社現代新書

科学者が不可能だと言いながら、後で意見を撤回したような例は、歴史上いくらでもあるのです。

同じ言葉で話していながら解釈が異なっていたり、大きな誤解が生じたりすることもある。

ウィトゲンシュタインは、過去の「哲学的問題」は「言語的問題」にすぎないと、一刀両断のもとに切り捨てたわけですな。

ヒンドゥー教徒にとっての牛は、シヴァ神の乗り物で崇拝の対象であり、・・・

カントは、純粋理性では神の実在について知れないことを証明したが、道徳の合目的性のために神の存在を受け入れたのだ。つまり神は、理性の対象ではなく、信仰の対象だということだよ。

パスカルの『パンセ』に登場する「神を信じないよりも信じる方が得である」という論法は知っています。

2016年12月27日 (火)

ルソー『エミール(下)』岩波文庫

プラトンは「国家篇」のなかで、女にも男と同じ訓練をさせている。・・・・・かれの国家では個々の家族を廃止してしまったので、婦人をどうしたらいいかわからなくなったプラトンは、女を男にしなければならなくなったのだ。

気ちがい男を愛する女は、気ちがい女でなければならない。

算術で計算しなければおやつの桜んぼをもらえないとしたら、女の子はすぐに計算を覚えることになる、それは保証してもいい。

女の子はおせじを言い、ごまかし、はやくから仮面をかぶることを知っているからだ。

服装のことをよく知っている女性は、よいものを選んで、いつでもそれをもちいている。

カトリックの国にくらべてプロテスタントの国ではいっそう家庭に愛着がもたれ、いっそう尊敬すべき妻、やさしい心をもった母が見うけられるような気がする。

ヘロドトスには、かれの歴史は考察というより物語なのだが、・・・

タキトゥスは、どんな作家がこんにちのドイツ人について記述しているよりもよく、・・・

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