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読書論

2017年6月28日 (水)

竹内洋『社会学の名著30』ちくま新書

結婚式で司会者が熱烈な恋愛結婚という紹介をしても、大概のところは階級や学歴の似たもの同士なのである。

絶対と断定ほど社会学から遠いものはないからである。

どんな学問も次の二つのことをめざさなければならない。「明快であること、そして当たり前でないこと」である。

生産諸力の発展が歴史の原動力であるという史的唯物論の精髄

人は『生まれながらに』できるだけ多くの貨幣を得ようと願うものではなくて、むしろ簡素に生活する、つまり、習慣としてきた生活をつづけ、それに必要なものを手に入れることだけを願うにすぎない。

プロテスタントの関心はあくまで霊魂の救済であったから、・・・

大人がなにかを隠さうとしてゐるといふ事実だけは、子供はちやんと見てとる。・・・・・教へようとしたものを学ばない。かれらが見せようとも教へようともしないところで、かへつて子供はなにものかを学びとる(福田恆存)。

2017年6月26日 (月)

佐藤優『読書の技法』東洋経済新報社

神学を学ぶには、哲学の知識が必要になる。シュライエルマッハーも言うように、神学はその時代の哲学の衣装を着ており、その時代時代の哲学の言葉を借りて概念を表す。

中世の図書館では、本は学生に1冊しか貸してくれず、その本をすべて筆写し終わるか、完全に暗唱するまでは、次を貸してくれなかった。

読者が知りたいと思う分野の基本書は、3冊もしくは5冊購入するべきである。・・・・・その理由は、定義や見解が異なる場合、多数決をすればよいからだ。

鳥は卵から孵化していちばん初めに見たものを自分と同じ動物と考える。

学術的な真理は本来、多数決とはなじまない。

真ん中くらいというのは、実はその本のいちばん弱い部分なのである。

否定神学とは「~である」と積極的に定義することを避け、「~でもなければ、~でもない」という形で消極的に事柄を表現する技法だ。

民族て問題を理解する場合、経済合理性や人権という切り口から問題を解明しようとしてもそれはあまり意味がなく、特定の人間集団が持つ神話・記憶・象徴といった非合理的に見える現象の内在的論理を解明することが不可欠であるということをスミスは言いたいのである。

過激になったナショナリズムを沈静化することは至難の業である。

ノート作りのいちばんの天才はレーニンである。

知は一定の熟成期間を置いた後にしか身につかない。

民族について、学界では、言語、地理的共通性などの歴史を持つ客観的基準を重視する原初主義と、近代以降の自己意識を重視し民族という概念が流動的であるとする道具主義対立している。アカデミズムでは原初主義が主流だが、マスメディアでの報道は道具主義に基づいている。

教科書とは、教師がいる環境を想定しているので、説明不足が許されるのである。

人間は嫌いで意味がないことは記憶しない。

客観的なデータを記憶しておくことが、外交官や新聞記者になった場合、いかに役に立つかという話をした。

ウェストファリア条約で築かれた国際社会の基本的な「ゲームのルール」は今日でも有効なのだ。

言語には個性がある。ただし、ある人がまったく自分の感覚、感情、気分などの内的体験を記述するような私的言語は、他人に理解されないので、言語としての機能を果たさない。それだから、ウィトゲンシュタインは私的言語を否定した。

日本が北朝鮮との間で対話を回復し、あの体制の中にも必ずある、優れた知性と接触する可能性を探るのだ。その作業が拉致問題の解決に向けた環境を整備するのである。

夜は悪魔の支配する時間なので、夜中に原稿を書いてはいけない。夜中に原稿を書くことを余儀なくされた場合、翌日太陽の光の下でもう一度その原稿を読み直してみること(ディートリヒ・ボンヘッファー)。

ファシズムは、結局、国民に排外主義という病理をもたらす。

難しい事柄について、水準を落とさずに、わかりやすく話す・・・

2017年5月29日 (月)

フィリップ・デルヴス・ブロートン『ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場』日経BP社

会計学においては、規則に固執することよりも常識を働かせることのほうがはるかに重要なのだ。

中国のような土地でビジネスをしてみるまでは、それについていくらもったいつけて話し合ってみても無駄。

経験だけが唯一、信用するに足る保守的な測定基準で、それ以外は空虚な数学的思考の所産なのだ。

ミヒール・デサイ教授が、自分の母親に説明できないなら、それはちゃんとファイナンスを理解していないことだと言っていた。

ある人物がどういう人間かはその人の銀行取引明細書とクレジットカードの使用明細書見ればわかる。

トヨタは何ごとをも取るに足りないこととして片づけなかったために、あれほどの成功をおさめたのである。

ビジネスは、潜在的に不実で嘘つきで泥棒根性を持った人間の営みであるという事実から逃れることができない。

代替案のない決定は、破れかぶれのギャンブラーの一投に等しい。たとえそれがどれほど考え抜かれたものであってもだ。

2017年5月19日 (金)

養老孟司『死の壁』新潮新書

もともとギムナジウムという言葉は「裸」を意味していたのです。

クラウゼヴィッツが『戦争論』で書いている通り、戦争に外交の手段という側面は間違いなく存在しているのです。

間引きに代表されるように、暗黙の了解のうえで目をつぶることがあったのです。

生きがいとは何かというような問いは、極端に言えば暇の産物なのだ、と。本当に大変なとき、喰うに困っているときには考えないことです。

2017年4月25日 (火)

原田國男『裁判の非情と人情』岩波新書

裁判官は、多くの文芸作品や小説を読むべきである。・・・・・人間観察の力がないと、理屈だけの薄っぺらい裁判官になってしまう。

検察は、警察官の偽証をまず起訴しない。

裁判官の一番欠けたところは、世情と人情に疎いことだろう。

マスコミは、えてして、裁判官を権力側に、裁判員をこれに対抗する市民の代表側にそれぞれ位置付けたがる。しかし、現実には、裁判員も権力側に立つ。

団藤重光先生がアメリカ連邦最高裁判所を訪れた際、九人の裁判官の椅子の大きさと形がそれぞれ違っていることに感銘を受けた・・・・・。

良心に二つはない。

2017年4月24日 (月)

古市憲寿『古市くん、社会学を学び直しなさい!!』光文社新書

「社会学」という言葉は、一九世紀にフランスのオーギュスト・コントが作った。

古典のもとになっている古典を読んで、みんながそれをどう応用したのかを比較することが大切なんです。

プラトンは一種の宗教だと思うし、・・・

いろんな人がプラトンやアリストテレスをもとにして、「こんなふうにも使える、あんなふうにも使える」と応用してきた歴史がある。

社会学を含む社会科学は、メタフィジックス(形而上学)ではなく、エビデンスにもとづく経験科学だということです。

アカデミック・ランゲージは、一定のテンションを維持しないと、書き続けられない。

私は「仮説」とは何かを学生に説明するときは、「あなたの思い込みと偏見のこと」だと言っています。

2017年4月17日 (月)

安斎育郎『人はなぜ騙されるのか』朝日文庫

われわれが人生で出合うすべての問題が科学的あるいは合理的なものの見方・考え方で処理できるわけではない。

奇術とは、常識の虚をつく錯覚美化の芸術である。

霊は人々の観念の世界に住みつき、・・・

相対性理論によれば、物体は光の速さでは移動できないから、・・・

基礎的な概念や事実関係をさえろくに記憶していないようでは、体系的な学習の進歩など到底おぼつかない。

フェスティンガーは、人間は「すでにもっている認知と不協和関係にある認知に出合うと、その不協和を解消する方向に行動する」と考えた。

夢という言葉は、「こうありたい」という期待をこめて使われる場合と、「所詮こうはなるまい」という非現実的なむなしさをこめて使われる場合がある。

「わだつみ」は「海の神」を意味する。

オウム真理教団の狂気は、オウム自身の発明品というよりは、本質的には過去の人類の狂気の体験の縮小再生産のようにも見える。

信仰は消え失せても、習慣の鎖を立つことを人はためらうものだ(マレーネ・ディートリヒ)。

仏教の本来の立場は「霊魂不説」だ。つまり、仏教は「霊を説かない」のだ。

上野千鶴子『時局発言! 読書の現場から』WAVE出版

民主主義はひとつではない。代議制民主主義(代表制民主主義とも間接民主主義とも呼ばれる)は、民主主義の不完全な形式のひとつだ。代表制民主主義とは、エリート(選良)政治であることで衆愚観に立ち、政治参加を4年に1回の投票に制限することで、市民の政治参加を促進するよりは抑制するシステム。

それにしても保守は世代交代に成功したが、対抗勢力は世代交代に失敗した。

「格差」は合理的根拠のある違い、「不平等」は正当化できない差別を言う。政府が「格差」を使っても「不平等」と決して言わないのはそのせいだ。

おひとりさまが生きやすくなった理由のひとつに結婚とセックスとが分離したことがある。それまでは、結婚はセックスのライセンスだった。そしていったん契約したら、契約相手(配偶者と呼ばれる)以外との恋愛やセックスは、契約違反(不倫と呼ばれる)ということになっていた。

作家・・・・・最後の職業。死刑囚でもなれる。(村上龍)

2017年3月25日 (土)

野口悠紀雄『知の進化論 百科全書・グーグル・人工知能』朝日新書

中世までの時代、聖書は、修道院の聖職者によってラテン語で書写されていました。

ラテン語は「聖なる言葉」であり、俗語(自国語)は「卑俗な言葉」であるという考えが支配的でした。

ラテン語とは古代ローマ帝国の言葉であり、聖書とはなんの関係もありません。

もともと旧約聖書はヘブル語で、新約聖書はギリシャ語で書かれていました。

タルコフスキイは、ダ・ヴィンチの未完の大作である「東方三博士の礼拝」を、映画「サクリファイス」の中で、きわめて効果的に用いています。

中世ヨーロッパでは、知識を秘匿することによって価値を高めた。

知識は体系的であるのに対して、情報は断片的。

情報を秩序立てて体系的に組み上げたものが知識である。

『ブリタニカ』は、もともとはスコットランドで生まれた事典です。

アメリカでは、索引のない本は専門書とはみなされません。

2017年3月21日 (火)

森山至貴『LGBTを読みとく-クィア・スタディーズ入門』ちくま新書

「何を知っていれば他者を傷つけないで済むのだろうか」という問いです。

セクシャルマイノリティとは「普通」の性を生きろという圧力によって傷つく人々、と言い換えることができます。

レズビアン(lesbian)という語は、女性に対する愛の詩を多く残したギリシャの詩人サッフォーが住んだレスボス島に由来する言葉ですが、女性同性愛者を指す言葉として登場したのは十九世紀末であり、日本で使われるようになったのは戦後になってからです。

ゲイ(gay)という言葉を同性愛者が自らを表現する言葉として使うようになったのは一九五〇年代のアメリカです。

トランスジェンダーは、このように社会が手を変え品を変え割り当てようとする「性別」とは異なる性別を生きる現象、またはそのように生きる人々を指します。

・・・・・「同性愛は大昔から存在した」と結論づけるのは早計です。

十九世紀後半のドイツとイギリスでは同性間の性行為は犯罪化され処罰の対象になっていきます。

多くのゲイが当時愛していた歌手、ジュディ・ガーランドが・・・

同性愛者としての自認あるいはアイデンティティは、性科学者や医師たちによって当初は否定的なものとして刷り込まれた。

クィア・スタディーズにとっては、フーコーの刷新した権力概念も重要です。

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