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読書論

2019年12月 8日 (日)

鹿島茂『悪女入門 ファム・ファタル恋愛論』講談社現代新書

へたをすれば命さえ危ないと承知していてもなお、男が恋にのめりこんでいかざるをえないような、そんな魔性の魅力をもった女のことをファム・ファタルと呼ぶわけです。

破滅するだけの「価値」のある男であることが必要になります。・・・・・賭けるに値するだけの「賭け金」を有している男でなければなりません。・・・・・ファム・ファタルは、男が「賭け金」のすべてを失ってもいいと覚悟するほどの魅力がなければなりません。

二人が運命の仕組んだ悪戯としか思えないような偶然によって出会うという要素も不可欠です。

ファム・ファタルというのは、やはり、女性に対するギャラントリーが恋愛の前提となっているヨーロッパ型の社会でなければ存在しえないものなのです。

金の本質がわからずにただ楽しく暮らしたいと願う女ははなはだ危険だということです。

2019年10月28日 (月)

島田雅彦『深読み日本文学』インターナショナル新書

神話は古代人の生活の記録や未来への警告、そして過酷な運命を受容するための装置でもあるのです。

「超自我」とは、自我に対して道徳的な監視や命令などを行うとされるものです。

春樹作品にとっての超自我の正体は「アメリカ」です。

カフカも登場人物の名前を、しばしばイニシャルで表記する作家でした。

ナショナリズムという概念は、ある意味で「民主化」とペアを成しています。なぜなら、ナショナリズムとは上から押し付けられるものではなく、下から突き上げてくるパトス(情念)だからです。民衆にある程度の表現の自由が与えられていないと、つまり民主化していないと、ナショナリズムは盛り上がりません。

古代ギリシャの叙事詩の作者たちも、ある地域について書くときに「その地方の有名人は誰々である」という説明をしています。

無頼派とは、第二次世界大戦直後の混乱期に、反俗・反権威・反道徳的な作風で活躍した作家たちのことです。

トランセンデンス

 

池上彰・佐藤優『知らなきゃよかった 予測不能時代の新・情報術』文春新書

NATOは、小国が多い欧州とアメリカによる集団的自衛権に基づく組織。もしロシアに攻撃されたらアメリカが助けに来てくれるという前提で組織されています。

イギリスの原潜の母港はスコットランドにあるんです。

テロリストというのは、ローンウルフ型でも徹底的に訓練された人でも、最後に命を捨てるというときには必ず「我」が出るという。この世において自分がなしとげたことの足跡を残しておきたくなるというのです。

共謀罪の問題は、これこそが現代の治安維持法である点です。近代法において、具体的な行動を伴わずに内面にとどまっているうちは法律の対象ではないという原則が、テロリズムには適用されないという発想なんです。

パリのテロリストの摘発では、容疑者を全部殺してしまったでしょう。常識的には、生け捕りにしたほうが情報を取れるのに、殺してしまったのはなぜか。生け捕りだと公判をしないといけない。・・・・・・・死刑制度がなくなると、超法規的な処刑が起きるわけです。

アイゼンハワーがやったノルマンディー上陸作戦だって、ソ連軍がもう少しベルリンに迫ってからやれば簡単に勝てた。

オルタナ・ファクトとは、「第一条、教祖は正しい。第二条、教祖が誤った場合は第一条に準ずる」という二条から成り立っている世界でしょう。

スターリンの著作には必ずゴシックが出てきますね。

アラブ地域というのは、いわゆる国民国家ではなく、部族や宗教が支配的ですから、どこも非常にやっかいな国内事情を抱えています。例外として国民国家らしいのがエジプトですね。

中間団体的な、たとえば公明党みたいなものがだんだん細っていく。これはモンテスキューが『法の精神』で非常に危惧していた民主社会のあり方です。中間団体が力を失うと、結果として暴力装置を持っている国家が力を持ってしまう。『法の精神』はよく読まれていますけど、権力分立ばかり取り上げられている。あんなのはじつは小さい話で、ポイントは中間団体の重要性です。

2019年9月22日 (日)

島田裕巳『お経のひみつ』光文社新書

告別式の部分は仏教がかかわりをもたず、無宗教で営まれる。

仏典はすべて、仏教の開祖である釈迦の教えを記したものとされている。その証拠に、あらゆる仏典は、「如是我聞」ということばではじまっている。これは、「私は釈迦の教えをこのように聞いた」という意味だ。

開祖と言われる人物がその教えを直接書き記すということはほとんどない。

『法華経』は、日本の仏教の歴史のなかでも、もっとも重要なお経と言えるものだが、・・・・・

宮沢賢治は、『法華経』に対して強い信仰を持っていた人で、・・・・・・

旧約と新約という区別はキリスト教徒が行っているもので、ユダヤ教徒にとっては意味をなさない。

『般若心経』が中心に説こうとしているのは、どうやらそれまで存在した部派仏教の教えを否定し、真理は空にあるということのようなのだ。

『般若心経』はインドで生まれたものだから、・・・・・

『般若心経』は、明らかにそれ以前の部派仏教の教えを否定し、空の教えにもとづく大乗仏教の立場を鮮明にしたお経である。

『般若心経』は、部派仏教を否定し、大乗仏教を賞賛するだけではなく、究極的には密教の教えこそがもっとも優れているという立場をとっている。

仏教のなかには、今日東南アジアなどに広がっている上座部仏教と、日本を含め、東アジアに広がった大乗仏教という2つの流れがある。

日本の律令制度のなかで、左大臣の方が右大臣よりも位として上とされてきたのが、・・・・・・

2019年9月18日 (水)

橘玲『バカが多いのには理由がある』集英社文庫

「バカ」は、ファスト思考しかできないひとのことです。

ジョン・ロックに始まる政治思想では私的所有権こそが自由の基盤だとされます。

〝正義〟とは自分(たち)のなわばりを守ることで、〝悪〟とはなわばりを奪いに来る敵のことです。

カール・シュミットは、「奴らは敵だ。敵を殺せ」が政治の本質だと述べました。

偏狭なナショナリズムは、「ゲルマン民族はユダヤ人に優越する」「日本人というだけで中国人や韓国・朝鮮人より優れている」というイデオロギーで、相手より優位に立つためになんの才能も努力も要求されません。

〝神道ナショナリズム〟はとりわけ後醍醐天皇の南朝に顕著で、・・・・・

日本人は〝俺〟ではなく〝俺たち〟を自慢しがちです。

憲法はもともと、暴力を独占する国家から国民の人権を守るためのものです。・・・・・立憲主義の立場からすると、憲法は国民が国家を拘束するためのもので、国家が国民に説教するのは大きな勘違いです。

民間シンクタンク「ローマクラブ」は、1972年の報告書「成長の限界」でエネルギーの枯渇と食料危機を警告しましたが、・・・・・

リベラルとは、常に少数者の側に立って社会問題を解決しようとする政治的態度です。

体罰問題の本質は、学校別運動部という閉鎖社会にあります。

「芸術家とは芸術によってカネを稼げる人間のことだ」とする村上氏が、・・・・・

 

2019年8月 6日 (火)

島田裕巳『「日本人の神」入門 神道の歴史を読み解く』講談社現代新書

伊勢神宮には天照大神が祀られ、天照大神は皇祖神と見なされている。

天照大神以上に、皇祖神としての信仰を集めた神がいた。その神は八幡神である。八幡神は最初渡来人が祀っていたにもかかわらず、応神天皇と習合することで、第二の皇祖神の立場を確立した。

一神教の世界では、神を祀るという行為があり得ないのに対して、多神教の世界では、それが十分に可能なのである。

アッラーの場合には、預言者ムハンマドにメッセージを下したとされるが、直接彼の前に現れたわけではない。現れたのは天使ジプリールであり、天使が神のメッセージを伝えたのである。

カアバ神殿は、預言者ムハンマドが現れる以前からあったもので、当時そこには、それぞれの部族が祀る多数の神々が祀られていた。

ムハンマドは、偶像をことごとく破壊してしまい、それ以降、カアバ神殿のなかには何もなくなった。ただ、大きな絨毯によって覆われているだけである。

モスクが都合がいいのは、メッカの方角がはっきりとしているからである。

シナゴーグの建築様式は多様だが、建物は、全体が聖地であるエルサレムの方角を向こうに建てなければならないとされている。

岩や石は、他の国や民族においても、信仰の対象になっている。

崇神天皇については、実在の可能性があるもっとも古い天皇という説もあるが、・・・

明治天皇の前に伊勢神宮に参拝した可能性があるのが、持統天皇である。

一神教の神が遍在するのに対して、日本の神々は必ずや特定の場所結びつけられている。

中国では、腐敗した王朝を打倒することを正当化する「易姓革命」という考え方があり、・・・

 

2019年6月14日 (金)

藤原正彦『国家と教養』新潮新書

フリードマンはベトナム戦争時、北ベトナムに水爆を使用するよう主張していたそうです。

イギリスはよく知られたように、現在に至るまで階級社会です。

ナチスのような政党が生まれ、短期間で著しく勢力を伸ばしたのは、第一次大戦後のドイツ、「ワイマール時代のドイツ」が民主主義国家だったからです。

ヒットラーが余りにも熱狂的な国民の支持を受け、余りにもドイツの優越を強調し、余りにもユダヤ人を追いこみ、余りにも軍事力増強に走り、となればとりあえず「待てよ」となるのがバランス感覚です。これがドイツ人に欠けているのが裏目に出ました。

政治ではまっしぐらな突破力よりバランス感覚の方が文句なしに大事です。

アメリカが、教養とは対局にある功利主義の国であったことや、・・・

英国人は自らが理屈一本で進んでいないことを示すため、また進まないよう自己抑制するため、しきりにユーモアを話の中に取り込みます。

見えなくなれば忘れられる。

 

2019年2月 1日 (金)

小谷野敦『本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝』新潮新書

日本文化の精髄は中世以前の文化にこそあるので、・・・

川端康成は、『源氏物語』を日本最高峰の文学と見なした。

それまでキリスト教にからめとられてきた西洋哲学を、キリスト教から解き放ったのが『純粋理性批判』である。

凡庸なのはアイヒマンだけではなく、アレントも凡庸なのである。

ファシズムというものの定義が、未だにはっきりしていない。

フッサールは、哲学を「学問の基礎としての哲学」と「世界観哲学」に分けた。

『モモ』は、いわば資本制批判である。

ポパーは、数学的帰納法以外の帰納法を認めない。

有名な「反証可能性」にしても、人文学には当てはまらない。

コンドームなどの避妊を認めなかったローマ法王庁が、オギノ式避妊だけは認めた・・・・・

「現場主義」というのは、都会に住んでいてカネと暇のある者の考え方だ。

2019年1月27日 (日)

出口治明『教養は児童書で学べ』光文社新書

子どもは、自分が読みたいと思ったときに本を読み始めるものですから、あまり心配しすぎないことです。

『西遊記』は、表の世界に対する、裏の世界、つまり本音と建前でいえば、本音の世界を描いているのです。

中国は秦の始皇帝以来、典型的な役人天国で、・・・

アラブの人たちは遊牧民です。・・・・・遊牧民には商人が多い。

インドネシアがイスラム圏なのかと、・・・・・昔アラブ人がたくさんきたからです。

『神曲』は、ムハンマドが天国を旅した物語を下敷きにしているのです。

ワーグナーのオペラ『タンホイザー』にもアラブの影響が見てとれます。

地域おこしに必要なのは、「若者」「馬鹿者」「よそ者」だとよく言われます。

ストレスは価値観を変えることでしか解消できないのです。

ロンドンの幼稚園の教え

  1. 人は一人ひとり違う
  2. 自分の思いは口に出さなければわかってもらえない
  3. みんなが一斉に、やりたいようにやったら社会はめちゃくちゃくになる

人間の脳は、医学的に見て1万3000年以上まったく進化していません。

10億年後には、太陽が膨脹して地球上の水は全部蒸発します。

人間はある程度は対等でないと友情は結べない。

2018年9月27日 (木)

今北純一『西洋の着想 東洋の着想』文春新書

世間の常識というものは不朽不変のものではなく、時代とともに変貌する。

マスコミが批判し続ける政治家たちは自分たちで勝手に政治家になったわけではない。選挙という法的な手続きを経て選ばれているのだ。・・・・・「政治家たちの常識と世間の常識は噛み合わない」というのはおかしい。

ライプニッツが哲学の二大関門と呼んだ、「意志の自由」と「連続の合成」・・・・・

自分は自分の作曲に誇りをもっている。なぜなら、それは自分自身にほかならないからだ(バーンシュタイン)。

科学者とは、自分たちで解決できる問題を解決できる人たちのことである(アインシュタイン)。

マクロ分析で気をつけるべきことは、世の中には、決して数値化できるものばかりではないということだ。

日常使い慣れている消費者物価指数というものの正体は、実は、同じではない幾つもの商品の価格の加重平均を取って算出するものなのである。

ヒットした原因をあとから解説するくらいのことならマーケティングの専門家でなくてもできる。

競合商品がある場合には、まだ戦略は立て易い。対抗商品と比較した上で価格戦略、機能戦略を練ることができるからだ。だが、全くの新商品やこれまでになかった商品の場合には、その商品がヒットするかどうかを、確率百パーセントで占うことはできない。

誰かが、なにか新しいものを見つけるときには、ほとんど同時に他の人も、同じものを見つけているのである。トップになるかいなかは、ほんとうに首の差である。

普通の人は、実験を繰り返しているうちに、ある奇妙な現象に気づいてはいても、その現象が重要なことであるというのに気づかない。気づいた人は、疑問を大切にあたためて、説明がつくように解明しているのだから、やはり、偉い人なのである。

個性化とは、人と違うことをするのを目標にすることではない。自分に与えられた天賦の才能を自分で見つけ、それを自分の力で磨いていく、という能動的なプロセスを通じて自然と身につくのが個性というものである。

ローマ法王が重要なセレモニーをする時は、バチカンで香を焚きます。あれは、聖書に出てくる、ソロモンとシバの女王が、乳香という樹液を焚いて清める、という行為からきているといわれます。

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