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法学

2017年10月21日 (土)

朝日新聞経済部『ルポ 税金地獄』文春新書

ふるさと納税による収支が赤字なのは、人口が多く、高所得者が集まる都市部が中心だ。

東京都世田谷区は、待機児童数が全国で最も高いが、・・・

自動車のかかる税金は項目が多くて複雑であるが、これはさまざまな利害関係者が政治家や官僚に強力な働きかけをおこなっているためである。

65年間続く船舶の特別償却制度(特償)は「最古の特例減税」だ。

2017年10月19日 (木)

中川剛『日本人の法感覚』講談社現代新書

日本国憲法をはじめ各種の「基本法」には、輝かしい理念が述べられている。だがそれは、基本的には輸入された思想や欧米の歴史的経験の結果であって、日本の思想や日本人の歴史的経験によって得られたものではないという限界がある。

自分でないものに向かって完成していく自分を意識すればするほど、精神の飢餓感は増していく。

欧米では法は自然法と実定法とに大分けされるが、自然法は神の法であり、宗教ないし倫理に発する命令である。

基本的人権のほうはこれに対して、制約がつけられない。永久不可侵であるから、改正がありうる憲法にも優越する。「人類」の遺産であるから、日本国民が勝手にどうこうすることはできない。しかも「過去幾多の試練」によってテスト済みという保証書までついている。

アメリカは、合衆国憲法修正第一条で国教は法律によっても認められないという立場をとっている。

アメリカ独立の理由は、イギリス政府による課税その他の経済的負担にあった。

2017年10月17日 (火)

長尾一紘『世界一非常識な日本国憲法』扶桑社新書

政府が憲法解釈を変更してはならないというルールは存在しません。

学説と信仰告白との違いは、論証の有無にあります。

日本国憲法は、「国際協調主義」の立場に立っています。

スイスが攻撃を受けなかったのは、非武装だったからではなく、徹底的に軍備を整備していたからです。

ヤルタ会談の問題点は、バルト三国や東欧諸国に対する実質的支配権をソ連に与えてしまったこと、また、ソ連の対日参戦の見返りとして、日本の樺太南部や千島列島などをソ連に与えるとした点にあります。東欧諸国や日本などの承諾なしに、勝手にソ連の支配権を認めたわけですから、ルーズベルトの責任は重大です。

『拝啓マッカーサー元帥様』

教育勅語には何か足りないものがあったようです。それは、「国家と国民」の関係についてです。天皇と国民のあるべき関係については示されていますが、国家と国民のあるべき関係については、ほとんど示されていないのです。

「神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ」。祭事は教会に、政事は国王に、との意味です。

君主制は、世襲制を構成原理としています。

内田貴『債権法の新時代 「債権法改正の基本方針」の概要』商事法務

民法典第1編から第3編の財産法と呼ばれる部分だけが、1世紀以上内容的にほぼ原型が維持されているわけである。

1896年に制定された日本の民法典(明治憲法)は、国民が読むことを想定していなかったと思われる。

それまでの日本には、江戸時代に発達したいわば判例法による取引法が存在していた。

スタンダールは小説を書く前にフランス民法の条文をいくつか読んで文章のリズムを整えたといわれ、フランス民法典の文章は明晰な名文だといわれている。

日本の民法典は、・・・抽象度の高い原則だけを定めた、条文数の少ない法典となっている。

もともと民法はブルジョワジーの法典であった。

ドイツでは、商法と民法の区別は、商人や商行為概念を厳格に定義することで維持されてきた。商人が行なう商行為のための特則が商法だという理解である。

古代ローマ法では、私法上の法律関係を人、物、行為の3分類で整理するという手法が用いられていた。

法典の冒頭に巨大な総則編を配置し、そこに、人、物、行為(法律行為)のすべてについての高度に抽象化された規定を置くのが、ドイツ式のパンデクテン方式である。

2017年10月16日 (月)

前田雅英『刑法入門講義 新しい刑法の世界』成文堂

法律学は、医学部や工学部の学問とは、ほぼ共通の性格を有するのです。

「唯一正しい答えがある」と考えてはいけない。

日本の治安の良さは検挙率の高さによって象徴されていたといってもよいのです。

どちらがより合理的かという微妙な選択ができる目を養う必要があるのです。

現実の問題は、必ず過去の事実を踏まえた法則を超えているのです。

構成要件該当性などの理論体系の問題は、刑法学の役割から考えると大した議論ではないのです。

ちょうど、ヘーゲルが個人の自由を強調していって、国家に従うことが自由であるというような議論にいたります。

犯罪の七割が窃盗なのです。

共犯がらみの事件のだいたい97~8%が共同正犯なのです。

2017年4月 3日 (月)

鈴木邦男『憲法が危ない!』祥伝社

「憲法があって、人間があるのではない」。一人一人の人間がいて、その人々が自由に、平和に暮らせるように憲法があるのだ。

自分が愛国者だという自負の中には、ひとりの人間でありながら、他の人とは違うという思い上がりが、どこかに必ずある。

憲法改正をしようとしている政府自民党や右派の勢力は、憲法を作ってその憲法に合った国民を作ろうとしている。

日本会議の中心になっているのは、佛所護念会教団や神道政治連盟といった宗教団体なのだ。

国民が愛せるような国にするために努力するのが政治家の務めでしょう。

戦争という最悪の事態を想定して訓練している自衛隊だからこそ、躊躇なく活動することができるのだ。

国民投票というのはその時々の一時の熱気に左右されるからだ。

2017年3月30日 (木)

山口厚『刑法入門』岩波新書

外国では第一級殺人罪、第二級殺人罪、謀殺罪、故殺罪などと罰則が細分化されていることがあるのに対し、日本では殺人罪という犯罪類型が一つ置かれているにすぎません。

日本の刑事裁判の大半は、比較的軽微な罰金や科料で終わる略式手続で処理されているのです。

現在主流となっているのは、犯罪とは、私たちの生命や身体、そして自由、さらには財産など、私たちのかけがえのない「利益」を害する行為だという理解です。

現行刑法では、罪刑法定主義はとくに定められてはいません。

刑法では、一般に、罰則の「拡張解釈」は許されるが、「類推解釈」は許されないといわれています。

最高裁判所の判例には、国民に対して、どのような行為が禁止されているかということ、つまり、行為の規範を示す点で、事実上、制定法に似た意味があるのです。

「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則です。

犯罪の成立には故意を必要とするのが刑法の大原則

日本の刑法には、伝統的に人身に対する罪の刑が比較的軽く、財産に対する罪の刑が比較的重いという特色があり、・・・

犯罪成立が結局は否定されることを(犯罪成立の)「阻却」と呼んでいます。

犯罪は、違法性と責任という性質をそなえたものとして処罰されます。

2017年3月24日 (金)

内田貴『民法改正―契約のルールが百年ぶりに変わる』ちくま新書

2006年から施行された会社法は、商法から独立して単独の法律になりましたので、・・・

法律を「解釈」して、その条文の趣旨からすればこうなる、という細かなルールを作る作業が必要となります。

商法の一部をなしていた破産法、手形法、会社法、保険法がそれぞれ独立の法律となって分離して、・・・

民法は、この複雑な取引社会の現実を権利と義務という概念によって表現しようとします。

取引関係にはない人と人との間で損害賠償の請求ができることを認めているのが民法の不法行為法です。

下位のカテゴリーに共通する抽象的概念についての一般的規律をくくりだして頭に置く、という方式は、ドイツ民法の方式で、パンデクテン方式と呼ばれます。

フランス民法典は何よりフランス革命の産物であり、・・・

日本で債権法と呼ぶ領域は、外国では一般に債務法と呼ばれます。

特定商取引法は、もとの名称は訪問販売法で、・・・

素人っぽいけれどわかりやすい文章は、立法技術の伝統に抵触することが多く、・・・

過失というのは、債務者の行為態様に着目する概念です。

信用金庫は互助組織なので、商法上の「商人」ではない

商法の「商人」の概念がすでに時代に合わなくなっているのです。

2016年7月19日 (火)

阿川尚之『憲法で読むアメリカ史 <上>』PHP新書

最高裁の歴史上もっとも偉大な判事として知られるジョン・マーシャルである。

マーベリー対マディソン事件・・・・・この事件の判決は、憲法の講義で決まってまっさきに取り上げられることで知られている。

司法に与えられたこの強い権限は、戦後アメリカ占領軍によって日本国憲法のなかにも導入された。憲法81条の法令審査権の規定がそれである。

『アンクル・トムの小屋』・・・・・ストウ夫人は、実際には南部の奴隷の生活について何も知らなかった。

アブラハム・リンカーンの好敵手として知られるスティーヴン・ダグラス上院議員

2016年5月17日 (火)

渡辺洋三『法というものの考え方』岩波新書

選挙運動は、前の選挙が終ったときから始まっている、というのもすでに常識である。

法の支配は、権力者の意思のうえに法をおく。

権利はつねに行使するこによってのみ守られるものである

「権利の社会化」すなわち「公益優先」の思想は、かつて容易にファシズムや全体主義へとみちをひらくものであった。

法とは、結局のところ、解釈という操作をつうじて「これが法だ」といわれたところのものである。

立法の段階では、法規のことばの意味の確定が必要であるといっても、その確定は一般的確定にとどまるのであって、個別的確定ではない。立法により一般的に確定された意味を、個々の具体的事実に即して個別的に確定してゆく作業が、法の解釈・適用といわれる。

裁判所は、この意味で、解釈決定機関なのである。

法とは、とりもなおさず、裁判所がこれが法だとしたところのものである、という規定には、重要な真実がある、といわねばならない。

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