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政治

2017年10月16日 (月)

別冊宝島115号『天下国家の語り方 日本と世界、政治と経済をめぐる「神話」の検証!』JICC出版局

西欧は世紀勘定だから、百年単位で自然科学的な時間の区切り方をする。ところが、日本の元号の場合は、歴史を人間の時間感覚で区切ってる。

民主主義は、少数意見を尊重するようにできている。

民主主義の強みは、政治にかかわる人びとのあいだに、一切の差別をもうけていない点である。

小選挙区制度には、少数派を多数派にすり替えてしまうトリックが隠されているのです。

アメリカが世界に誇る最強の学問である理論経済学あるいは経済政策学・・・

革命は必ず独裁を生み、反動を呼ぶ。

フランス革命は、なによりもまずカトリックとの戦いであった。

筆坂秀世『日本共産党』新潮新書

日本共産党中央委員会理論政治誌と位置づけられている『前衛』は、・・・

現在ある日本の主な政党のなかで、唯一戦前生まれの政党が日本共産党である。

日本共産党のことを「代々木」という言い方を・・・

指導機関のなかで独自に事務所を構え、党から給与を受け取って活動する常勤者を置いているのは、地区委員会までである。

「幹部」という言葉は、単なる表現ではなく、共産党という組織の本質にかかわる問題だからである。

日本の政党のなかで、企業献金も、政党助成金も受け取っていないのは日本共産党だけだ。

日本共産党の組織原則である「民主集中制」(民主主義的中央集権制)は、・・・

党全体を日常的に指導し、動かしているのが常任幹部会である。

共産党は国会議員よりも秘書の方が偉い。

金正日が、拉致を「特殊機関の一部の妄動主義、英雄主義による犯行」と語ったのは、みずからの責任は回避し、特殊機関にだけその責任を押し付けようとするものであった。

日本共産党には、「侵略戦争に反対した唯一の政党」という誇るべき歴史がある。

2017年9月11日 (月)

薬師寺仁志『ポピュリズム 世界を覆い尽くす「魔物」の正体』新潮新書

『ワシントン・ポスト』紙が共和党寄りであれ、・・・

近代的な意味での国民主権や人民主権は、フランスで生まれた統治原理なのである。

プラトンが批判したのは、この何でもありの人民主権であった。

ポピュリストの真似をして、事態を単純化してはならない。それよりも、事態を深く知ることが肝要なのだ。

現代のポピュリストたちは、批判を浴びれば浴びるほど、人民の敵たるエリート層との闘いを演出し易くなる。

全体主義を産み出したのは、民主的な手続きなのである。

どのような国でも、誰かが最も単純で最も賃金の低い労働を担わなければならない。問題は、そうした人々が社会に必要な人間として尊重されるか否かという点にある。

いわゆる〈極右〉勢力は、国籍取得に関して、出生地主義を血統主義に変更することを強く訴えている。国民戦線のルペン氏こそ、その典型なのである。

ポピュリズムは、議会制民主主義の破壊でもある。

ポピュリズムが人々の心を蝕んでしまうと、民主政治は終わる。

2017年8月10日 (木)

小熊英二『社会を変えるには』講談社現代新書

1965年から1993年、だいたい「東京オリンピックからバブル崩壊まで」が、日本が工業中心の「ものづくりの国」だった時代といえます。

大型道路を作れば作るほど、幹線沿いに大型郊外店が建ち、都市へ人は出て行って、かえって地方の衰退が進みました。

フランスは核兵器によるアメリカからの自立に熱意があるので、採算を度外視しても、原発とプルトニウム抽出は進める路線を続けています。

ドイツ、イタリア、スイスなど、核兵器を持たない国は、すでに原発からの撤退を決めました。

災害がおきると、弱っていた産業の衰退が一気に進む・・・・・

災害がおきるとその社会が抱えていた問題が露呈するというのも、原発事故にあてはまります。

韓国やロシアのように国営公社が原発を作る・・・・・

原発のコストは、じつは大部分が安全コストです。

ライフスタイルとライフサイクルが均質化したのが、工業化社会の特徴です。

1960年代のアメリカの女性運動は、郊外の住宅に住んで生活に不自由はないけど、心の空しさを抱えているという専業主婦の悩みを書いた本から、大きく広がりました。

日本共産党は、文芸評論家が党のトップになったという、世界でも珍しい党でした。

1955年に始まった「春闘」は、・・・・・

「セクト」というのは、もともとカトリックに対抗して分裂したプロテスタント諸派の教団のことです。

全学連は共同体の集まり、全共闘は「自由な個人」の集まり

もともとセクトはマルクス主義の党派ですから、・・・・・

社会運動があるテーマで広がるときには、そのテーマが社会のなかで構造的にたまっている不満や感情の表現手段になった場合です。

女性や子どもに参政権がなかったのは、一家の意見は家長に代表される、という考え方があったからです。

日経平均株価が一般新聞の経済面以外に載りはじめたのは、1990年代末になってからです。

『往生要集』によると、八大地獄の一つである「集熱地獄」に落ちれば、人間界の時間でいえば五京四五六八兆九六〇〇億年は転生できないそうです。

聖書の俗語訳が印刷されたことは、異端の続出という事態を招きました。

『古事記』で大和王朝の領土とされている「大八洲」には、北海道も沖縄も入っていません。

快楽計算という考え方は、プラトンが『国家』に書いていたものです。

日本でも警察が外国人登録証の形態義務違反を厳しく検挙する方針をとれば、いきなり外国人の犯罪件数が増えたりします。

マルクスが人間の関係という場合の第一は、生産関係です。

19世紀のドイツでは、近代化の反動からロマン主義が台頭し、共同体へ帰れ、自然に帰れ、といった運動がありました。

ギデンズはマルクスにも影響を受けています。

ウェールズのように「パブリック・セクター」が雇用の三分の一という社会もありますが、・・・・・

世界のどこでも、移民排斥などを掲げるポピュリズムが台頭しています。インドのような「先進国」とは分類されない国でも、90年代以降の経済自由化とともに、急激にイスラム教徒排撃を唱えるヒンドゥー右派が台頭しました。

プラトンの『国家』によれば、国家のなかで役割や居場所を失った人が、既得権批判を掲げる僭主を支持します。

権力者が広めた文化が主導的立場を築いていることを「ヘゲモニー」といいますが、・・・・・

マルクス自身は、自分はマルクス主義者ではない、と言っていたのは有名です。

べ平連三原則

  • やりたいことをやれ
  • 言い出したら自分でやれ
  • 他人の批判はするな(それなら自分でやれ)

デモで歩いたら、隣の人と話さないのは損です。

アダム・スミスは、人間の能力に大差はなく、分業の結果として役割や職業ができるにすぎないと論じました。

2017年7月17日 (月)

兵本達吉『日本共産党の戦後秘史』新潮文庫

日本共産党は、そのコミンテルンの「日本支部」にすぎなかったということを改めてしっかりと押さえておく必要がある。

「二七年テーゼ」は、のちにスターリンに粛清されたブハーリンが作成したものである。ブハーリンが失脚すると、オットー・クーシネンによって書き直された。これが「三二年テーゼ」といわれるものであり、戦前の日本共産党の指導方針となった。

戦前の共産党は、その活動の全体を「ソ連邦の擁護」と「支那革命の支援」に費やしていたといっても過言ではない。

日本共産党はレーニンが定めたコミンテルン加入の二十一ヵ条にしたがって創立された党であって、民主集中制という軍隊的な規律をいまだに厳守している、発達した資本主義国では珍しい党である。

ソ連が崩壊すると、宮本顕治は「双手をあげて賛成」などと全く意味不明の発言をして国民の失笑をかい、不破哲三は「ソ連は社会主義ではなかった」などと主張しはじめ、その人間としての限界を超えた破廉恥さで世間を驚かせた。

共産党が支配する「プロレタリアートの独裁」の国に一かけらの民主主義も存在しないことは、今や明白である。

レーニンは、「革命の根本問題は、権力の問題である」と繰り返し書いている。

「三二年テーゼ」・・・・・その当時の日本の国家権力を、地主と資本家の支配とともに、さらにその上に君臨する絶対的天皇制であると規定し、これの革命的打倒を呼び掛けた。

「天皇制」という言葉は日本語になく、コミンテルンのつくった左翼用語であることを覚えておく必要がある。

日本共産党は、戦前は「天皇制」を、戦後は「アメリカ帝国主義」を革命の「対象」として位置づけていた。

明治憲法が制定された直後の皇室は、まったくの貧乏所帯で殆ど財産らしきものを持たなかったので、・・・・・

もともとマルクス・レーニン主義というのは、暴力革命の理論である。

敵から手に入れた武器で敵を攻撃するというのは、万国共通の共産主義者の原則なのである。

レーニンの論文には、「児戯に類する」という言葉がよく出てくる・・・・・

ロシアの有名な革命詩人マヤコフスキーの作品に、「会議をやめるための会議を開こう」という古い党員なら誰でも知っている詩がある。

レーニンは、1920年に定めた「コミンテルン加入の21カ条」の14項で、「全ての国の共産党は、不可避的に党に入り込んでくる小ブルジョワ分子を党から系統的に清掃するため、党組織の人的構成の定期的粛清をおこなわなければならない」と定めた。

我が国の最も〝偉大〟なマルクス主義知識人である石堂清倫は、・・・・・

マルクスが「発見」した「法則」を日本の歴史的現実に「あてはめた」(適用した)ものが、日本共産党綱領である。

マルクスもレーニンも、最大の暴力である戦争を否定したことは一度もない。

東欧の共産主義国の崩壊は、「情報の公開」が原因であると言われる。

マルクスもレーニンも、「理論で世界を変えることはできない」と繰り返し述べ、大衆が社会の矛盾を知るのは、決して書物や論文によってではなく、実生活から学ぶのであると語っている。

日本共産党の査問というのは、初めから結論が出ているのである。

宮本の形式主義は、人物にも及ぶ。日本共産党のトップは、東大でなければならない。

社会主義者というものは、経済とか財政というものを理解できない。とりわけ、資本主義経済のメカニズムを理解することができない。

我が国には、残念ながら、カントもヘーゲルもいなかったし・・・・・。ところが、マルクス主義を勉強すると、これらの人たちの学説が全て入っていて、哲学も、歴史学も、経済学も、社会学も皆ワンセットで学ぶことができたのである。マルクス主義は、全体として社会科学をのものとして受けとめられた。我が国の勉強の好きな大学生が、とくに革命を目指していたわけではないのにマルクス主義に引きつけられた最大の理由は、まさにここにある。

大久保潤・篠原章『沖縄の不都合な真実』新潮新書

辺野古区住民の多数派は移設容認派です。移設を地区再生のきっかけとして期待してきたのです。

沖縄には、自分たちの現状を変えたくないという、真の意味で保守的な社会集団が存在するということです。

辺野古には訓練の後に飲む店も遊ぶ場所もほとんどありません。

移設先が辺野古になった理由には、この地域は過疎化が進み、基地の誘致運動があったことがあります。

「カネを落とせば、沖縄はおさまる」。これが日本政府の沖縄政策の基本です。

沖縄の企業や行政は振興策依存で自立心が奪われ、沖縄社会は自然破壊や地域の分断といった副作用に苦しむのです。

基地がある沖縄の自治体はみな財政を基地に依存しています。

首都に米軍の飛行場があるのは世界で東京(横田)だけです。ワシントンにもありません。

「処分」という言葉には、琉球側が明治政府の度重なる「廃藩置県」の要求に応じなかったという懲罰的な意味がこめられています。

2016年6月26日 (日)

宇野重規『政治哲学的考察 リベラルとソーシャルの間』岩波書店

これまで欧州統合に最も積極的であり、統一欧州を可能なかぎり連邦制に近いものとして構想する傾向をもつのがドイツである。その代表的知識人は言うまでもなく、ユルゲン・ハーバーマスであり、「憲法愛国主義」を説くハーバーマスは、ヨーロッパ諸国民がその国境を越えて、新しい民主的な公共空間を建設することを主張し、将来的には「ヨーロッパの人民」から成る連邦制を視野に入れるべきであるとする。

イギリスの知識人の間には、フランス官僚制に対する根強い警戒感がある。イギリスとフランスの間には、コモン・ローとローマ法の伝統の違いに始まり、地方分権と中央集権、されには自治の重視と行政権の主導に至るまで、ぬぐいがたい政治文化の違いがある。

デモクラシーには、つねに両義性が存在する。デモクラシーとは、一方で諸個人の権利の実現であり、他方で集団的な自治・自律である。デモクラシーとはまさに、集団的な自治の実現を通じて、諸個人の権利のより良き保障を目指したものであり、両側面は不可分であるとされる。

2016年6月20日 (月)

佐藤優/聞き手・姜尚中『国家のエゴ』新潮新書

キリスト教で神様にあたるのは、父と子と聖霊です。この三者は全部、神様です。

神学論争は侃侃諤諤の末、理屈だけでは解決せずに、最後は必ず、政治が介入してきて一応の決着がつきます。俗にいう「大人の事情」、大人の解決方法です。

戦時国際法とは、戦争をしている国の間で守るべきルールを定めた交戦規則と、戦争をしている国と中立国との関係を定めた中立法規を合わせた呼び名です。

帝国主義国とは、国際社会において、自分たちで秩序をつくることができる強い国家のことを言います。

ペルシャ湾とオマーン湾を分けるのがホルムズ海峡です。海峡を挟んだ南側がオマーンで、対岸はイランです。

「イスラム国」は海軍を持っていませんから、機雷を仕掛けることはできません。どうも政府の答弁を見ていると、イランが機雷を仕掛けると考えているようです。

一色清他『日本の大問題「10年後」を考える―「本と新聞の大学」講義録』集英社新書

マックス・ウェーバーは1919年に行った「職業としての政治」という有名な講演の最後に、「10年後に会いましょう」というような言葉を学生に投げかけています。

私が1979年にドイツにいた時は「ベルリンの壁は1000年続く」と西側のドイツ人は言っていたわけです。

フランスで出生率が上昇しているのは、間違いなく婚外子を認めていることが一因となっています。しかし、これを日本に適用しようとすれば、戸籍制度の問題と必ずぶつかります。

特定秘密保護法は、治安維持法のように日本国内の政治運動を弾圧することを目的とした法律ではありません。特定秘密保護法により近いのは、1937年に抜本改正された軍機保護法です。これは、軍事の技術面の情報を保全するための法律です。それから1941年に成立した国防保安法。これはようするに、日本が戦争をするつもりがあるのかどうか、そうした国家の意思を隠すための法律です。

特定秘密保護法は、ようするにスパイ防止法と言えるでしょう。

2016年5月27日 (金)

G・ナポリターノ他『イタリア共産党との対話』岩波新書

グラムシほどりっぱに労働者階級の革命的役割についての建設的なヴィジョンを言い表した人はいないのです。

レーニンは、農民がもはやかれについてくる気がなくなっていることがわかったとき、政策をかえました。なぜならば、大きな同盟がなくては、前進できないことを知っていたからです。

「レーニン主義」というこの言葉は、ジノヴィエフによってつくられ、ついてスターリンによってとりあげられたのです。

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